第一話 日常の風景 其の一
こんな先輩後輩の関係があったらいいな、という作者の願望が多分に含まれています。用法も容量もありませんので、お好みで楽しんでください。
春の良く晴れた日。燦燦と降り注ぐ太陽は、陽向に居れば暑いくらいだが、木陰で過ごすには丁度いいくらいだ。
平日の昼前の河川敷は静かで、俺は心地よい微睡みに浸っていた。
「あ、居た居た」
それなのに、聞き覚えのある声がして、俺の心地よい微睡みは終焉を迎えた。
声の主は遠慮なく歩み寄って来ると、木陰で寝転ぶ俺の頭上で立ち止まり、真上から話しかけて来る。
「先輩、ほら、起きてください。可愛い後輩の登場ですよ」
「…………」
狸寝入りをしよう、と固く目を閉じ、後輩が諦めて立ち去るのをじっと待つ。
「せんぱーい。後輩ちゃんですよー。起きて下さーい」
立ち去るどころか、しゃがんで俺の鼻やら頬やらを指で突き、額をペシペシ叩く。我慢だ、我慢。
「先輩。言っておきますけど、狸寝入りなのはバレバレですからね」
二オクターブ低い声で後輩が宣言する。これはあれだ、本当のやつだ。
俺は観念して起き上がることにした。
「……分かった。降参だ。起きるから叩くな」
「おはようございます、先輩。最初から、素直に起きればいいんですよ。無駄な努力はしない方がいいですよ。先輩が私を出し抜こうなんて、未来永劫不可能なんですから」
非常にいい笑顔で、後輩は俺を見下ろしていた。
「あ、パンツは見えませんよ? ちゃんとスパッツ履いてますから。残念でしたね」
「色気のない奴だな」
用意周到だと褒めるべきか迷いながら、溜息混じりに起き上がる。
大きく身体を伸ばすと、背骨やら腰骨やらがパキパキ鳴った。腕時計を見ると、四時限目が始まって半分くらいの時間だった。
「それで? お前はこんな時間にこんな場所で何をしてるんだ?」
「それ、先輩に言われたくないです。私も座りますから、ちょっと詰めてください」
言いながら、狭いレジャーシートに無理矢理侵入して来る後輩。渋々、俺が横に移動する。
いくら狭いとは言っても、こんなにくっついて座る必要はないと思うのだが、逐一指摘するのも面倒だったので、好きにさせておくことにする。
「私のクラス、四時限目体育なんです。私、今日は女の子の日なので、保健室で休みますとちゃんと許可を貰って来ました」
「いや、ここ保健室はおろか学校の敷地ですらないんだけど」
俺達が居る場所は、学校の裏門から歩いて五分程の場所だ。
「体調不良の時に身体を休める場所が保健室ですから、ここだって広い意味では保健室です。異論は認めません」
「広い……広過ぎるだろ……」
「いいじゃないですか。私がわざわざここまで出向いて来たお陰で、先輩はこんなに可愛い後輩と二人っきりの時間を過ごせるんですから、感謝してください。崇め奉ってもいいですよ」
「あぁ……はい。どうも」
「もう。相変わらず言葉のキャッチボールが下手ですね、先輩は。そんなだから友達一人も居ないんですよ」
「余計なお世話だ。体調悪いなら、黙って寝てろ」
「嫌ですよ。先輩の隣で無防備に寝ちゃったら、絶対に先輩に襲われちゃうじゃないですか。先輩なんて性欲と煩悩とエッチな妄想で出来てる生き物なんですから」
「……本当に何しに来たんだよお前」
この後輩と話していると、しょっちゅう頭が痛くなる。
「私が来たんじゃなくて、私の行きたい場所に、先輩が先回りして居たんです。これはもうストーカーです。ストーカー規制法で警察にしょっ引かれてください」
「俺の知ってるストーカーって、後から来る奴の事だと思ってたけど」
例えば「居た居た」とか言いながら来る後輩とか。半分言いかけて、止めた。
「自分の常識が、世間の常識だとは思わない方がいいですよ。特に、先輩なんて社会不適合者なんですから、私のように良識ある素敵女子が正しい道に導いてあげないと駄目なんです」
「相変わらず、凄まじい自信だな。まあ、いいけど。その素敵女子は、どうして弁当箱みたいな物を持って来たんだ?」
「今日は天気がいいので、外でランチにしようと思いまして。まあ、そこまで泣いてお願いするなら、一緒にランチしてあげてもいいですよ?」
「誰が、いつ、誰に泣いて一緒にランチしてくださいなんて言った?」
「言わなくても、先輩の顔にちゃんと書いてあります。私が心優しい後輩で良かったですね」
「そんな事書いてないだろ」
「じゃあ、あとで油性マーカーで書いておきます。覚悟してください」
「勝手にしろ。俺は昼までもう少し寝たい」
レジャーシートに横になる。
すると、後輩がすぐに不機嫌になる。
「もう。せっかく私が居るのに、寝るとかどうゆう神経してるんですか。ツンデレさんですか? ツンデレさんですね。私にそんなに構ってほしいなら、しょうがないので構ってあげます」
いや、構ってほしいのはお前の方だろう。普段、人付き合いをしない人間に、後輩の会話量はしんどい。休み休みにしてほしい。
横になり、更に後輩に背中を向ける。
「ねえ、先輩。可愛い後輩に、膝枕してほしいとか考えてますか?」
「お前、今日は体調悪いんだろ。大人しく休んでろ。第一、そんなこと考えてない」
「うふふっ。先輩は、可愛い後輩イコール私なんですね。まあ、先輩に言われても嬉しくありませんけど、一応覚えておいてあげます」
「はいはい」
「むう。今日は一段と先輩が素っ気ないですね」
「俺に構ってないで、学校に戻れ。俺なんかと一緒に居るところ、学校の連中に見られたら、お前の株が下がるだろ」
「いいんです。私がどこに居ても、誰と一緒でも、私の自由なんですから。先輩は、私と一緒に居られて嬉しいでしょう?」
「安眠妨害されて嬉しくない」
「もう。先輩は私の扱いぞんざい過ぎます。いつか私無しでは生きていけない身体にしてあげます」
また話が明後日の方向に脱線しそうだったので、無視した。
「ちょっと、無視しないでください。っていうか本当に寝ようとしないで下さい。ねえ、先輩、ねえってば」
結局、後輩が午後の授業に戻るまで一睡もできなかった。