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2、水たまりの先



「ここ、どこだ…?」



なんとも静かな場所である。涼しげな風が先ほどまでの初夏の暑さを忘れさせた。


熱を帯びたアスファルトとは違い、冷たい土の上で緑の草や花が静かに揺れている。


そして驚くのは遠くに見える巨大な山脈。

山頂を彩る美しい白模様と露出した黒い山肌からは、荘厳な自然の存在を俺に感じさせた。



口を開いてアホみたいにその景色を眺めていた俺は、ようやく周りの状況を把握した。






「ここ…浮いてね?」



なんと俺が立っていた地面は、まさにどこかの天空の城のように宙を浮かんでいた。



急に足がガクガクと震えだす。



あの映画を家で観てる時でさえ、足元がふわふわするのに…こんな…マジか。




落ち着いて振り返ると自分が出てきた水たまりから水がちょろちょろと湧き出していた。



どうやら俺はこの湧き水から出てきたようだ



宙を浮いてるのに水が湧き出てくるこの島の仕組みは気になるが、それよりもこんな所からは早く帰ろう。



冷静になり、俺は元来たようにとりあえず水たまりに手を突っ込んだ。


しかし冷たい水を感じるだけで、先ほどのように向こうに抜ける感じがしない。



「え?嘘だろ?」


今度は頭を突っ込む。


ザブン



「…」



目を開けてみても住宅街はなく、ただぼやけた水の中しか見えなかった。



ザバンっと顔を出し、ポタポタと水滴を落としながら俺の顔は蒼白した。



「やばい…帰れない」



急いでスマホを見る。圏外の2文字。



「………」




「とりあえず落ち着こう、の、飲み水はあるし、食べ物も…まあ食べられる花とか草くらいあるだろう…うん」



俺は恐怖で震える体を抑えようと、小さな浮島の上を意味も無く歩き回った。



「誰かがここに気づいて助けてくれるはず…大丈夫なんとかなる…!」





--------------------






高さは何百メートルあるのだろう。


下の方を見ると薄い雲の下に森が見えた。



ヒュウヒュウという風の音が俺に絶望感を植え付ける。

流石に飛び降りるのは無理か…



真っ白な雲が太陽を隠し、辺りは暗くなった。


ここより上空は風が強いようだ。雲が凄い勢いで流れている。



「腹減ったな…」



母さんが持たせてくれた弁当は鞄の中にある。しかし、鞄はここに来る時水たまりの横に置いてきてしまっていた。今頃炎天下の住宅街で、変な匂いを放っているかもしれない。



勿体ないことしたな…誰かがここまで届けてくれないだろうか。



弁当というワードから、俺はあの日魅子に弁当を届けてやったことを思い出した。



魅子は今頃どこにいるのだろう。もしかしたら今の俺のように、水たまりの中を通ってどこだか分からない浮島の上でお腹を空かせているのかもしれない。



水たまりを通って…


もしかしたら、魅子や消えたクラスメイト達も同じように、どこか知らない場所へ迷い込んでしまったのかもしれない。



俺は妙にその説に自信があった。


それは妹が生きているという願望から来る妄想に過ぎないのかもしれない。


しかし実際、俺はこんな訳の分からない所にいるのだだから魅子も同じように生きていると考えるのは自然なのではないか。


きっとクラスメイト達と、どこかの世界で生きている。





「魅子、必ず探し出してみせるからな」





心の中に一筋の光が射した気がした。





空の雲はぐんぐんと進み、爽やかな風が肌に触れた。






------------------------






俺がこの浮島に来てから数時間が経過した。






ぎゅるるるるるるるるるる





腹が今日一番の音を立てる。



「マジで腹減ったな…」



しかし草と花や土以外食べるものがない。

せめて虫とかがいれば我慢して食べるんだけどな…



考えてみるとここに来てから生き物を見ていない。こんな山奥なら鳥の1匹や2匹飛んでいてもおかしくはないのだが。




空は赤みを帯びてきていた。




この浮島について先程気づいたのだが、どうやらこの島はゆっくりと水平に移動しているようだった。



このままどこか降りられそうなところに近づければいいのだが…後ろの湧き水から離れても大丈夫なのだろうか。



飲み水の確保は結構大事だし、一応ここに来た入り口だからな…





ぼんやりと島が進む方角へ目を向ける。






そして俺はかなり驚いた。



進む方向に何か浮いているものが見えるのだ。




複数の影、まとまって1つの群れのように浮いているそれは紛れもなく宙に浮いた島だった。




俺が今いる島と同じようなものがいくつも浮いている!




「しまああああああ!」




俺は両腕を上げ跳び跳ねて喜んだ。



心臓がドキドキと音を立てている。




しかし、不安もある。


今いる島を離れて食べ物を探した方がいいのだろうか。

しかし飲み水だけじゃなく。帰り道になるかもしれない湧き水から離れるのは…




段々と浮島に近づき、ついに肉眼で島の岩肌を確認できるほどになった。




そして俺は覚悟を決めた。




「よし…飛び移ろう」









--------------------















「待った。その話はあれか?お前の作った小説か何かか?」



父さんが俺の話を遮ってきた。



リビングにて開催中の東雲家家族会議は、母さんが出してくれた麦茶と菓子を食いながらのリラックスモードに突入していた。



「違う、ついさっきの話だよ」



俺は真剣に父さんを見て言った。



「あら〜そんな大変なところからよく帰って来れたわねえ」



母さんは能天気に話を聞いている。多分俺が見た夢の話か何かだと思っている。




じいさんに至ってはマジで夢を見てしまってた。



「おとうさん、ちゃんとお布団で寝ないといけませんよ」


母さんがじいさんを優しく揺すると、うーんと言いながらじいさんは起きた。



じいさんは俺の顔を確認すると寝ぼけ顔で




「次郎…そんで、水たまりがどうしたって?」と聞く。




最初しか聞いてねえじゃねえか…




父さんは呆れた顔をしながらじいさんに「次郎の作り話ですよ」と言い、

母さんは「あら〜でも、とっても素敵な話よ?」とフォローにならないフォローを入れる。



誰も信じてくれないか…でもここから更に信じられない話になるんだよな…








--------------------








島と島の距離が10メートル、5メートルと近づき…俺は隣の島へ勢いよく





「うおおりゃあああああああああ!!!」




と叫んで跳んだ。



落ちればただでは済まない高さ。




そして




命を懸けた走り幅跳びは見事に成功した。




「ハア、ハア、やった…!」



心臓がドクドクと内から響く。




周りを見ると新しい浮島は前のよりも少し大きく、木も何本か生えていた。


そして近くにも同じような浮島がいくつかあり、食料がある可能性が大きく広がった。



俺は食べ物が無いか島の周囲を歩いて探す。



夕方の寂しい風がひゅうひゅうと吹いている。







無い。



更に不安が募る。




「よ、よし!隣に浮いている島も探すか」




そう思った矢先



「ピィィ」



と、浮島の中央、そこそこ高台になっている場所から何か生き物のような声が聞こえた。



「なんだ?上に何か居る…?」




俺は恐る恐る高台となっている岩を登る。つるつるとしており、少し登りにくい。


上に登ると俺はそこで驚くべきものを見た。





「ピィ!ピィ!」




なんとトカゲに似た小さな生物が鳴き声を上げていたのだ。




木や草で作られた鳥の巣のような場所で、中にいくつか卵があった。


その卵と同じ殻がトカゲの近くで割れているので、この生き物はここでたった今孵ったばかりなのかもしれない。




「トカゲか?幼体にしてはちょっと大きいけど、なんてトカゲだろう」




赤い皮膚に長い尻尾。大きさは手のひらに乗るくらいであり、可愛らしい。


瞳はまだ閉じており、巣の中でピィピィとそのトカゲは一生懸命鳴いていた。






「トカゲの赤ちゃんか…」







「調理すれば食べられるのかな…」





新しい命を前にしても、俺の頭の中は空腹を満たすことでいっぱいだった。



水族館の魚を見て美味そうって言う奴くらい食い意地が張ってると思ったが、悠長なことは言っていられない。




「…後ろの卵なら簡単に食えるかもしれない」




近くの卵に手を伸ばそうとした時




首筋にフワァっと熱い空気を感じた。




とても嫌な予感がする。




俺はゆっくり後ろを振いた。









黄色く、巨大な目玉。




赤い鱗に黒い角。そして背中から生える巨大な羽。




トカゲの赤ちゃんを大きくしたようなその生き物は、我が子を食おうとする俺を明らかに警戒していた。




今までおとぎ話でしか見たことがない空想上の生物。




「ドラゴン…?え、ほんm」

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




彼いや彼女?の怒りが大地を震えさせ、空気の振動が平和ボケしたお気楽な脳みそに深く衝撃を与えた。



余りの衝撃で俺は尻餅をついてしまい、動けなくなった。あ、やばい。死ぬ。



するとドラゴンは大きく息を吸って何かこちらに吐き出そうとしている。



「いややや…ウソ?…マママジか」



このドラゴン、まさか後ろに自分の子供がいるというのに、あの、ドラゴンがよくやる…アレをしようというのか…?



もしかしたら卵の殻自体はドラゴンの子供だし熱に強い耐性があるのかもしれない。



しかし孵化したばかりのこのトカゲはどうなのだろう。流石に死ぬだろうか?





要らないことを考えてしまうのはいつもの癖である。







とりあえず、逃げないと。俺は間違いなく死ぬ。







やばい足動かない。むしろ呼吸も思うようにできない。


「ハアっはあ、はぁハアっはあ」





頭は考えるのに、体が着いていけないのが辛い。





思考だけが正常だ。


呼吸がおかしい。


整えなければ。


この島から飛び降りるか?


落ちて死ぬのと、


ドラゴンの息で死ぬならどっちの方がマシ?


いやいや死ぬのはダメだろ。



ああやばい。


死にたくない。




























俺の妹は可愛い。

















チワワより可愛い。


















俺に対していつもキツイ態度だが、


本当に優しくていい子なんだ。

















妹が今、どこかで泣いているかもしれない。














だからまだ、死ぬ訳にはいかないんだ。





















竜の口元が一瞬光ったように見えた時には、俺の体が無意識に島の外へ走り出していた。





後方で感じる熱など無視して宙へ体を投げだす。





ゴォォォォォォ!!!






凄まじい火炎が一直線に吹き出す。







後ろから伸びて来たその炎の色は美しい青色をしていた。














俺は能天気に綺麗な炎だなぁ…と思った。












ハリウッド映画さながらの大脱出&大回避。


アンド、大失禁




もはやドラゴンの前で人間の尊厳など無いに等しかった。





「うおおおおああああああ!!!」




俺の体は情けなく深い森の底へ落ちていった。
































「飛び降りる事を選ぶとは…なかなか度胸はあるようじゃな」






女の子の声がしたような気がした。






生きてる…


木がクッションになって助かったのだろうか。







「ただお前、かなり小便くさいぞ」






ゆっくり目を開けた。





驚くべきことに俺の体は地上1メートルくらいの所で静止していた。





木々に囲まれた暗い森の中で、俺はもう一つ驚くべきものを見た。





美しい銀髪に草の冠。



白い肌に深紅の瞳。



まるで神話の仙女を思わせる女が、浮かんだ俺を見つめて微かな笑みを浮かべていた。






彼女が俺に指を指し、言う。






「お前!今日からお漏らし野郎な!」







「はぁ?」






それが、俺と異世界人の初めての会話だった。



頑張って書きます。

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