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1、春の陽気に包まれて



リビングに東雲家が集合し椅子に座る。


父さん、母さん、じいさんと俺。


それぞれの表情は暗い。



四角いテーブルの上にイチゴのジャムが置いてある。


母さんがジャムを冷蔵庫に片付け、再び椅子に座った。



何か問題が発生した時、東雲家では家族会議を開いて解決しなければならない決まりだ。



主催者である俺は最初に口を開いた。



「魅子のことなんだけど…」



魅子とは俺の妹の名前だ。魅子は3ヶ月前、通っている中学校で行方が分からなくなった。



それも集団失踪。



魅子の担任教師を含めたクラスメイト全員が突然学校から姿を消してしまったのである。



この異常事態に世間は大騒ぎし、保護者や関係者は連日記者に質問の嵐を浴びせられた。



警察も威信をかけて捜査中だが、何の痕跡も見つからないため捜査は難航している。




俺たち家族も3ヶ月の間魅子を探し続けたが、一向に消息は分からず、期待が空回りするだけの捜索に全員が疲れ切っていた。






「なんだ、魅子のことで何か分かったのか?」



父さんが俺に真剣な目をして問いかけた。



凄く言いにくい…だが、この事実を家族には伝えなければならない。




「あのな…魅子は…」















「魅子は…異世界に転移したみたいなんだ」








父さんは真顔のままその場で固まっている。

母さんは異世界転移という聞き慣れないワードに混乱したのか



「え?なあにそれ?新しいスマフォのゲームのはなし?」



と、にこにこ明るい声で喋っている。




じいさんに至っては…耳が遠いため聞き取れてすらいなかった。ていうか半分寝てる。




そりゃあ普通はこうなるよなあ…と俺は母さんの高い声をぼんやりと聞き流しながら思った。





------------------------







失踪の日の朝、俺は布団から出られずにジッとしていた。SNSを見ながら能天気に世間の様子を眺めていると、魅子が部屋のドアを急に開け



「兄貴、メシ」



と一言暗い声で言ったため、俺はすぐに布団から出て部屋を出た。



階段を降りようとする魅子の後について行く。



魅子のショートの髪は階段を降りる度に、彼女の首元をくすぐるように揺れていた。




我が妹は可愛い。単刀直入に言って可愛い。チワワより可愛い。だが、兄である俺に対してゴミを見るような目で見つめてくるのでやっぱり可愛い。




「兄貴、マジでキモいから後ろついてこないで」




「ごめん」




リビングでは父さんがめんどくさそうにサラダを食べている。じいちゃんは縁側で爪を切っていた。



母さんがにこにこしながら


「お父さんのシャツ、新品置いておいたからね♪」と父さんに言っているのを聞いて、そうか、今日から新学期か…と思った。


春休み中はずっと寝てたな。





魅子がトーストにイチゴのジャムを塗りながら



「お母さん私今日生徒会の仕事あるから早く行くね」

と言った。



魅子は中学の生徒会長を務めている。さすが我が妹。可愛いだけじゃなく人望も厚い。



そんな妹を見ていたらギロッと睨み返されたので俺は負けじとにこにこ微笑んでやった。


魅子は舌打ちしつつ、イチゴジャムが乗ったトーストにかじりついた。



爪を切り終わったじいさんも「おはようさん」と言って俺の隣に座った。


そしてトーストの上に納豆をかけて食べ始めた。



その納豆トーストを気持ち悪そうに見ていた魅子は


「普通パンに納豆かける?」


とじいさんに尋ねた。



「魅子、分かってねえなあ。パンにはなあ、納豆かけて食ったほうが美味いんだぞ?」



じいさんはバリバリと音を立てながらトーストを食べ、粘り気を見せつけるようにビヨーンと納豆の糸を口から引いてみせた。



妹とじいさんがぎゃーぎゃーやっているのを横目に見ながら、俺も用意されたトーストを食う。





あの日の朝はそんな感じだった。




------------------------




「いってきまーす」



父さんは新しいYシャツとクリーニングから戻ってきたばかりのスーツを着て出かけて行った。


「お父さん!襟のところにクリーニング屋さんの紙付いてるわよ!」


と叫びながら母さんは急いで父さんを追いかけて行った。



「俺もそろそろ支度するかぁ…」



洗面所で顔を洗うため廊下をのそのそと歩く。


鏡を見るとなかなかの男前が立っていた。



一応今日から高校の新学期である。だが今日は始業式と新入生のための入学式しかないからあまり行く気が起きない。



男前な顔をジッと見ると鼻から鼻くそが出ていたのでティッシュで鼻をかむ。



チーン



「じゃま」



制服に着替えた魅子が後ろからウザそうにこちらを見ている。



「なあ、今日の俺の顔どう?」



「クッソブサイク」



魅子は俺を強引にどかすと鏡で髪型をチェックし始めた。クッソブサイクって酷くね?



「髪型なんか気にして、好きな子でも出来たのか?」


俺はにやにやしながら冗談のつもりで聞いた。



「は、はあ?関係ないでしょ!」



魅子は顔を赤らめながらプンスカと怒った。否定してないところを見るとどうやら図星らしい。



「好きなやつが出来たのか?どんなやつだ?ちょっとお兄ちゃんに教えなさい」



「…!」



魅子は顔を赤くしてそそくさと玄関の方へ歩いて行く。



「え?もしかして俺?」


「そんな訳ねえだろしね」



急に氷のような顔で否定された。



俺は気を取り直して魅子を見送る



「気をつけて行くんだぞー」


「わかってる」



孫を見送ろうとじいさんも玄関にやって来た。

じいさんは神妙な面持ちで



「魅子、もしかして好きな人ってじいちゃんか…?」


と言った。



魅子はそれを無視して学校に行った。



ドアがパタンと閉まると俺は眉間にしわを寄せた。



「じじい…何ぬかしてんだ?」


「今の見なかったか?否定しないところをみるとどうやら図星のようだな」


「耄碌してんのか?無視されただけだろ」



「ただいまー、なに2人で喧嘩してんの!」


母さんがどこまで追いかけたのか、息を切らして帰ってきた。





------------------------





午前11時



いい天気なので俺は始業式をサボった。

ジッと暗い部屋の中で寝ていると



ブブー


と、スマホが振動した。



友人からの短いメッセージからは新しいクラス分けの結果が最悪だと言う事と、始業式が退屈だという事が伝わってきた。


やっぱり行かなくて正解だったな。



「次郎ちゃーん!ちょっと降りてきてー!」



と1階から母さんが俺を呼ぶので渋々降りた。

暗い部屋に居たので1階の明るさがかなり眩しい。



「どうしたの?何か用?」



「魅子ちゃんお弁当忘れて行っちゃったみたいなの、悪いんだけどこれ届けてきて♪」



母さんはそう言うと俺に水筒と可愛らしいキャラクターものの包みを渡してきた。



「じいさんは?」


「おじいちゃんは老人会の人たちとお花見」


「そうか…」


本来行くべき学校をサボってるので俺には当然拒否権はない。





「いってきます」



家を出ると頰を暖かい風がくすぐった。

真っ青な空に明るい日差し。

道端にはタンポポまで咲いている。



俺は歩いて妹の中学校まで向かった。







鴨柄市立鴨柄第1中学校という長ったらしい名前が入った校門の前に、なんとも可愛らしい女の子が立っている。俺の妹だ。



「おおー魅子、待たせたな」



「は?なんで兄貴が来るわけ?学校は?」



「サボった」



「うわぁ…」



魅子は心底軽蔑するように俺を見ている。



「はいこれ、もう忘れんなよな」


水筒と可愛いらしい弁当包みを渡すと魅子はそれをひったくるようにして受け取った。



「おいおい感謝ぐらいしてくれよ」


「学校サボったやつにはしないから」



うーんやはり学校をサボるのは心象的に良くないな。

明日はちゃんと行こう。



すると校舎の方から何人かの女の子がやってきた。



「みこー!誰?彼氏?」


と言ったのはおさげ髪が可愛らしい少女である。



「違う!お兄ちゃんだよ!お兄ちゃん!」



お兄ちゃんという響き最高だな…友達の前ではお兄ちゃんって呼んでるのか…!



友達同士で楽しそうなので俺は足早に退散することにした。



「じゃあな魅子、午後も頑張れよ」



「あ、うん」



俺は中学校を後にした。


振り返ると魅子と友達数人は一緒に校舎の方へ戻って行くところだった。






そしてそれは俺が確認した妹の最後の姿である。





------------------------




午後6時頃



家に学校から連絡が入った。


内容は魅子が家に帰ってはいないかという確認と、魅子のクラスメイト全員が同様に午後のホームルームから姿が見えないという事であった。


担任の教師とも連絡が取れないらしい。





父さんが慌てて帰宅し、母さんはいつもの明るさを少し落としていた。じいさんは黙ってばあちゃんの遺影がある仏壇の前に座っていた。




俺は、俺は町中を走りまわって魅子やそのクラスメイト達を血眼になって探した。



だがどこにも、影も、形も、見当たらなかった。








夜の内に警察の取り調べが行われ、朝には今回の事件がトップニュースとして扱われた。



テレビでは集団催眠による誘拐とか、共謀して家出をしたとか、そう言った何の根拠もない憶測ばかりが連日放送された。


俺は悔しくて泣きそうだったが、魅子の事を思うと泣けなかった。



毎日のように魅子を探し回り、クタクタになりながらも魅子を探した。じいさんも一緒になって遠くの町や中学生が行きそうなところへ探しに来てくれた。



魅子に呆れられてしまうので、たまに高校へは行ったが、やはり授業もどこか上の空だった。














そして、それから3ヶ月間のことはあまり良く覚えてはいない。




変化があったのは今朝のことである。



梅雨が空け、日本には例年より早く夏がやってきた。

昨日まで雨が続いていたので久しぶりの青空である。

外に出るとムワッとサウナのように空気が当たる。なんともジメジメして気持ちが悪い。



とぼとぼと歩いて学校へ向かう。


通学路もなんだか靄がかかったように歪んで見える。

道路の水たまりに映る景色すらいつもと違って見えた。



しかし実際、よくみると、本当に違ったのだ。



水たまりをよくみると反射して映るはずの住宅街や自分の姿は無く。山や木のような景色がぼんやりとそこに映っているばかりで、時折その景色は夏の風に揺られ波打っていた。





-----------------------ー







「それで?その水たまりがなんだって言うんだ?」



父さんが訝しげに質問してきた。



ここは東雲家の家族会議の場。妹が異世界転移をしたのでただいま絶賛会議中である。



「水たまりに違う世界が見えたなんて素敵ねえ」



母さんが能天気な事をいうので父さんは真面目にしろという感じで母さんを見た。見るだけで何も言わないのはいつものことだ。



じいさんは話半分に俺の話を聞いている。残りの半分は多分寝てる。目が虚ろだし。



「お義父さん、眠かったら寝てください」


父さんがじいさんにそう言うと、じいさんは「んー、大丈夫、聞いてるぞ」と言い姿勢を整えた。




全員おそらく俺の話を真面目に聞く気はあるのだろう。


俺は家族の中ではいい加減な方だが、魅子に関わる大事な情報について適当な事は言わない。


それを3人は分かっているのか、一応誰1人リビングから立ち去ろうという者はいなかった。


というより、少しでも捜索に希望があるのならば下らない話でも多少は聞こうという感じなのかもしれない。




「それで…その水たまりを観察してみたんだ」



兎にも角にも俺は話の続きを始めた。




-----------------------ー




水たまりの向こうは明らかにこことは違う場所が映っていた。


ジワジワと日差しが頭から当たる。

空気中の湿度も高いので蒸すように暑い。



俺以外に道路には誰もいなかった。



この不思議な水たまりに興味が湧いた俺は、とりあえず近くにあった石を投げて入れてみた。



チャポン



石が落ちた部分がふわっと光を出して消えた。

そして波打った水たまりの向こうへ石はキラキラと光を帯びて消えていった。



なんだか摩訶不思議な事が自分の身に起こっているのだと実感が湧いてきた。




俺は調子に乗って水の中に腕を突っ込んでみる。



光を帯びながら腕が水たまりに吸い込まれて行く。生暖かい水温を一瞬感じたが、特に痛みなどはない。



本来数センチ程度の水たまりは、肘のあたりを越えても尚深く進んでいた。

しかし、なんとも不思議な感覚である。突っ込んだ腕の先が水の中ではなく、外気の触れている実感があり、確かに向こう側に抜けられそうな感覚がした。



怖くなったので腕を抜こうとしたが




「あれ!?抜けねえ!!!」




バシャバシャと腕を引っ張るが腕が抜けない。

驚きと焦りでパニックになり、俺は頭を水たまりに突っ込んでしまった。




頭も抜けない!やばい死ぬ!




パニックと同時に身体が水たまりの中に吸い込まれ、遂には水たまりの向こうの世界に身体ごと来てしまっていた。




長く続くか分かりませんが、どうかよろしくお願いします!

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