E 怪しいブツ
終業式の日、帰る間際に話しかけてきた女子は……。
一学期中、一言も喋らなかったそいつが、教室から帰ろうとする俺に、急に声をかけて来た――。
「ねえ、佐倉くん……って、パソコン持ってるの?」
クラスで一番背の低い地味な女子。木南鵙美だった……。
俺の身長は一八〇センチあり、声を掛けてきた木南は、おおよそ一五〇センチあるかないかだ。体重は……ぱっと見では分からないが、デブではなく……細くもない。スカートの丈も、短くない。今風じゃない形のダサい眼鏡をしている……。
眼鏡越しのクリっとしたつぶらな瞳で、俺の目をじっと見上げてそう聞いてくる……。
確か、成績は大したことないはずだ……中の下か、下の上がいいところなのだろう……。
あまり好きになって欲しくないタイプかもしれない……。
俺は、背が高くて大人しい、「綺麗なお姉さん」系が好きなんだ――。
このクラスでいえば……って、そんなことはどうでもいいな――。
「んん? ああ。一応デスクトップのタワーモデルを持ってるけど……」
俺はパソコンだってスペックにこだわる。
ノーパソなんて値段が高いだけで、スペックも、操作性も、冷却ファンの唸り音も、しょぼい!
「だったら私の作ったゲーム、やってみてくんない?」
「……はあ?」
パソコン持ってるなら、自作ゲームやれだって?
……どういう脈略でそうなる……?
木南は、小さな手鏡やスマホが無造作に放り込まれた鞄を、ガサガサと手探りに探り、一枚のケースに収まったCD―Rを手渡そうとしてくる~。
――まだ教室内には数人の生徒がいる。
まるで手紙でも渡されるみたいで、……無用の誤解を招きそうで、勘弁して欲しい――!
正直、受け取りたくなかったのだが――。
「『同級生ショッピング』全クリしたんなら、たぶん、すぐクリアできると思うから……」
――!
まさか……、女子のくせに、あのエロゲーを知っているというのか?
しかも、全クリって言葉……。女子の口から聞くとは思ってもみなかった。
……ていうか、――頼むから、もうそのキーワードを俺の前で発しないでくれ~!
女子がやるゲームじゃないだろう……『同級生ショッピング』。しかもだ。まともに全クリするには……全ての分岐を一度は網羅し、特定の条件を満たして……数十回はクリアしないとできないはずだ!
途中のムービーやエンディングはカット出来ないから時間がかかる……。何十時間もかかるはずだ……。
「はい!」
同級生ショッピングを全クリするのに必要な最短時間を頭から振り払う。
そして、木南がニッコリ微笑みながら持つCDケースを見ると……。
――ぞくっとした。
……なんか、……運命を感じさせるような……予感ではなく悪寒――。
おおよそ頭がチートしていると自負する俺ですら、全く理解出来ないそのCDに印刷されたタイトルラベルー!
『うっふんクス森ピクピク(体験版)。
フルボイス。CV:西堀 恵理』
……愕然とする……俺……。
手渡されたまま化石になりそうだ――。
このまま地中海の淵にでも埋められてしまいそうだ――。
「五百円よ」
その言葉で石化が解除されたように我に返った。
「――こ、こけ、こんなゲーム、金取るならいらねーよ!」
タイトルラベルを、さっと裏返しにして、慌てて差し返す――。
俺の指って第二関節と第三関節の間からも汗が噴き出るのを初めて知ってしまった。
粒のように汗が噴き出ている。初めて見た――!
……うっふんクス森ピクピクってなんだ! うっふんクス森ピクピクって――!
もう、頭から離れね~! なんなんだその謎めいたタイトルは!
まさかの……エロゲーか?
うっふんって……なんだ?
森だけなんで、漢字なんだ?
ピクピクって……いったいなにがどうなってピクピクなんだ――?
受け取った俺が失神してピクピクしてしまいそうだ。
一瞬見ただけで目に焼き付くとは、まさにこの事だ――! 友達にエロDVD借りたときよりも、――恥ずかしくて赤面してしまうじゃないか!
早く隠したい――! 鞄の中に仕舞いたい――!
「あ、今のはうそ! 冗談よ。……面白かったらでいいわ!」
「それって、嘘じゃなくて、本気じゃねーか……」
しかし、「面白くなければ金を払わなくていい」と確証がとれたなら、いい――。すぐさま自分の鞄に怪しいブツを仕舞った。もみあげを沿うように、数粒の汗が顎まで伝い流れる。
他の奴らが見てはいたが、タイトルまでは見られなかっただろう。もし問いただされれば、適当に流行りの音楽CDだと誤魔化せば……大丈夫だ……。ハア、ハア……。
――うっふんクス森ピクピクだとは――バレない。バレてはいけない~!
「明日、返してね! じゃ!」
の言葉を残して、木南は振り向き、走るように教室を出ていってしまった。友達もいなさそうで、一人廊下を走って行った……。
「……ああ」
俺の生返事は、木南には届いてなかっただろう。
その時の俺は、流石に動揺を隠しえなかったんだ――。
次の日から夏休みだなんて――気付くほど頭が正常ではなかった。
頭の中は……、うっふんクス森ピクピクだった――。