木南鵙美 バッドエンド
鵙美が……明かさなかった過去を語り始める……。
帰り道、いつものように鵙美と肩を並べて歩いていた……。
「そういえば鵙美、エンドロールにまで、なんでわざわざナレーション入れたんだよ。鬼のフルボイスゲームを、激鬼のフルボイスゲームにでもしたかったのか?」
……ちなみに、俺の名だけ実名で、スペシャルサンクス佐倉ヒロ~って一番最後に読み上げるのは……なんとかして欲しいぞ。
「なんでって……、フルボイスだったら目が見えない人でも、ゲームを楽しむことが出来るでしょ?」
――!
鵙美……そんなことまで考えてゲームを作っていたのか……。
それなのに俺は……「なんでナレーションまで読むんだよ!」とか、「鵙美の声で頭がおかしくなりそうだ~」なんて……ただ馬鹿にしていた――。
誰にだってゲームを楽しむ権利はあるんだと思う。一人でも多くの人が、一つでもたくさん楽しめるゲームを作っていかなくてはいけないのか……。
鵙美の凄いところ……広い心と優しい心。……俺はまだまだ知らないのかもしれない……。
「その方が売れるじゃん」
……頭を抱え込んでしまう。……その言葉……聞かんかったらよかった!
「ねえ、ヒロ君。ここで問題です! 恋愛シミュレーションゲームをすると、恋愛力ってアップすると思う?」
抱えこんでいた頭を起こしながら答える。
「お、選択肢だな。「はい」か「いいえ」か……」
うーんと考える。
確かに俺は……うっふんクス森ピクピクを通じて恋愛力がアップしたのかも知れない。この夏休中に……少しだけ。
女子の気持ちが分かったり、迷ったときにどう対応したらいいかを鵙身と考える事で、女子の気持ちが聞けたり、自分の気持ちが伝わらなかった理由とかも知ることができたからなあ。
「疑似体験が出来るから……答えは「はい」かな。女子の気持ちも少しは分かる」
「ブッブー! 不正解でした~! ブッブッブー」
顔にツバが飛んでくるのが……ハラ立つわ~。近すぎるんだよ! 残念ブザー音が――!
「だって、もしそれで恋愛の達人になれるんだったら、そういった恋愛シミュレーションゲーム全てを全クリしてる人が恋愛の達人になってるはずでしょ? でも、実際はどう?」
部屋にこもって一人パソコンの前でゲームをする男子の姿が容易に想像できる。
「……ゲームオタク……か?」
ニッコリ鵙美が微笑んで頷いた。俺もこの夏休みまで、ずっと部屋でゲームばかりしていたのが……今は少し恥ずかしい。
「そうだよな……。違うんだなあ……現実とゲームって」
「うん。いくらリアリティ溢れるゲームしてても、ゲーム通りになんか行かないのよ。そうでしょ」
「ああ、恋愛は人それぞれ。分岐もなければパターンも決まっていないってことか」
「そ。それに、せっかく感情移入できて内容が素晴らしいゲームを作っても、それをチートしてクリアしてたら、意味ないもんねー」
「ハハハ、はっ! 耳が痛いぜ! だが、ゲームに出てくる子は全員が可愛い! 男だって美男子だ! そこは現実世界では味わえない楽しみがあると反論したいぜ!」
「ムム! 確かにその通り」
「ハッハッハー、だが安心しろ鵙美! 俺はそんな容姿だけで鵙美を選んだんじゃないと断言できるから――」
ポンポンと肩を叩くと、半分だけニヤケ顔でヒクヒクしている鵙美……やっぱり可愛い。
そしてそのまま肩に乗せていた手を背中へと回し……、もう一度鵙美の可愛い顔を正面から見つめる。
鵙美の透き通った瞳を見つめると――。
鵙美もしっかりと見つめ返してくれる――。
そっと抱き寄せて、鵙美に口づけをした――。
鵙美もそれを求めていたのが――唇の感触で……分かった。
鵙美の上唇は優しい温もりがあった。凄く震えているのが……伝わってくる。
「キスしてみる?」とか、「胸触ってみる」とか、「ヒロ君なら、いいよ」なんて大人ぶっていたが、内心はドキドキしていたんだろう。ちょうど今みたいに……。
キスしたまま強く抱きしめると、鵙美も強く抱きしめてくれた……。
そっと顔が離れ、鵙美の今までに見たことがないくらい赤い顔を見つめる。
たった今、キスしたところなのに……。またキスしたくなってしまう……。
「下唇がピクピクってしてたわよ。緊張しちゃって、ヒロ君……可愛いい!」
「……」
そりゃあ、俺だって緊張してたさ!
俺も鵙美以上に、赤い顔をしているんだろうなあ。
恥ずかしさを誤魔化すために、もう一度キスしてしまった。
「……付き合った次の日に、唇を奪われるなんて~。私って軽い女だったんだわ……」
「……」
赤く染まった頬を両手で押さえながら……ニッコリ微笑んで言わないで欲しい。――じゃあ海岸でキスを迫ってきたのはどうなるんだ~! とは……言わなかった……。
そして……。
初めての口付けのあと……鵙美は、
――知られたくなかった筈の過去を俺に……明かした……。
「ヒロ君の夢……。とりあえず半分くらい達成ね」
「……はあ?」
アイドルと付き合いたいとか大金持ちになりたいとか、……自分で言っておきながら、それを鵙美に言われると、なんか滅茶苦茶恥ずかしい。できればもう忘れて欲しいキーワードなんだが……。
「だってわたし、中学の時はアイドルだったのよ!」
「へえー凄いね」
それもゲームに使えるネタなのかもしれない。
「いや……、リアリティーには欠けるが、そんな展開もありだな……」
――最後になって、実は大人しい少女がアイドルになったとか……。
――暴れん坊のゴロツキ侍が、実は将軍様だったってビックリ展開――。
「それ面白いと思うぜ。アリだアリ!」
軽く笑って答えると、鵙美はなんか……膨れっ面を見せる。
「あー信じてないな~!」
ごちゃごちゃの鞄の中からスマホを探り出して……必死に操作している。なんか物的証拠でも見せようとしているのかも知れないが……。
ごめん、あんまり興味ないかも~。中学時代の自慢話……ドヤ話。
「控え控え〜い! このモンどころが目に入らぬか~! 今なら私の卒業ライブをタダで見せてあげるわよ! こんなサービス、滅多にないんだから! ヒロ君だけ特別なんだから!」
「はいはい。黄門様にでもなったつもりか?」
印籠を見せるように突っ立っている鵙美には目もくれずに自転車を押す。
今ならタダって……普段は金でもとって見せ物にしている動画でもあるのか?
……露出度が高ければ……少し見たくなる。――いや、そんな動画持ち歩いている女子なんて、彼氏として先々心配になるじゃねーか!
「ちょっとお! せっかく黄門様がコウモン見せてるのに〜!」
「――バカ! 黄門が見せるのはインロウだ! でっかい声で恥ずかしい間違いすんなあああー!」
周りに誰もいないのを慌てて確認する――。
爆弾発言にもほどがあるぜ――。高校生女子がなんて発言しやがる~!
「え? 黄門様が見せてたアレって、インノウ?」
「インロウ! い、ん、ろ、う! それも見せるのは黄門様じゃなくて、手下の助さんか格さん!……だいたい? インノウってなんだ――!」
ツバ飛ぶっつーの! ひょっとして……オイナリサンの皮?
ずっとシャカシャカ音が垂れ流しのスマホを仕方なく覗くと、たしかに……鵙美みたいな子がステージの中央で歌って踊っている。
鵙美の方をみると、慌てて鵙美は眼鏡を外して素顔を見せた。
……似てなくはない。っていうか、たしかに眼鏡をとった鵙美みたいだ。髪は今より長く、肩にかかるくらいはある。
「あ、本当だ。これ、鵙美じゃんカッワイイ~」
「だからそう言ってるじゃない! さっきからっ!」
「だが、背が高い!」
170センチくらいはありそうだぞ。
「フッフッフ、なにを隠そう私だけ20センチの特注厚底ブーツだもん!」
右手で親指と小指を開いてその高さを強調する。
「ハハハ、そんなに頑張ってるのか」
今度、その特注ブーツを学校に履いてきて欲しいぜ――。一緒に歩いていても高さ的に釣り合いがとれる。綺麗なお姉さんに大変身かもしれないな。
東京とか都会では、なりたければ誰でもアイドルみたいになれるお店とかが、あるのかもしれないな……。一生懸命キビキビとした動きでマイクを持って歌いながら踊る姿は――、
「なかなかさまになってるぜ……鵙美」
「なかなかじゃないでしょ! わたし、こう見えても完璧主義者っ」
「こんなブリブリの衣装なんか着ちゃって……引いちまう……ぜ……」
カメラアングルが何度もかわり、ステージの大きさが徐々に分かるにつれて、俺の顔が青ざめていった。
カメラが引いていき――。
ステージが――デカイ。踊っているのも小さなライブハウスなんてもんじゃない。学校のステージ、いやいや、体育館?
いや! これって、うちの高校のグランドより広いところじゃないか――!
「これって、どこだ! なんのライブなんだ!」
「武道館の卒業記念ライブ! 今ならダウンロード五百円!」
大きく手をパーに開いて、五百円を強調する。
「武道館って……横綱が相撲をとるところか――!」
「それは両国国技館! 全然ちがう!」
そんなのはどっちでもいい。いや、しかし――マジか! 鵙美って……いったい何者なんだ?
スマホの中で踊るアイドル……もう鵙美にしか見えない……。
「俺……。キスしたよなぁ? 鵙美に……?」
声のトーンが、なんか……定まらない。変な裏声が出てしまう。
良かったのか? 誰かに命を狙われたりしないだろうか?
鵙美の顔が耳までカ~っと赤くなる。
「ちょっとなに言い出すのよ。恥ずかしいでしょ……」
そういって今なら無料、いつもは五百円といった動画を終了し……スマホを鞄に仕舞った。もっと見せてと……言いたかった。
いいのか? 俺なんかで……。
「今は普通の女子高生よ。あ、でも、これ、ぜっっったい内緒だからね! 指切り」
「あ、ああ」
なんかその小指も……今は触れる事さえ恐れ多いと感じた……。
そういえば! ――西堀恵理って三人目のキャラクターの名前! どこかで聞いたことがあると思っていたんだ! 今年の春に卒業したアイドルグループのセンターの名じゃねーか!
通称「ニシエリ――」アイドルや芸能人を殆ど知らない俺でも知っている――! テレビの音楽番組に……生放送で出ていたのを見たことがある!
――そういう事だったのか。
鵙美はアイドル時の名で、フルボイスゲームを密かに作ろうとしていたのか……。
そりゃ売れるよな……。カスゲーでもクソゲーでも……。
いやいや、そんなアイドルが作ったフルボイス恋愛シミュレーションゲームなら……何百万もダウンロードされるかもしれない~!
もし一つ五〇〇円で売ったのなら……おおよそ高校生には桁違いの小遣いになってしまう――!
「いや、だったら、鵙美の声が入っているだけで……もうれっきとしたゲームになるじゃないか。クソゲーなんかにゃならない……」
鵙美を見る目が――変わってしまうじゃないか――。
――今の今まで、鵙美なんて、俺がなんとかしてやらなきゃ一人では何もできないような……ドジっ子眼鏡キャラだと思っていた。だが、真実は……真逆だった。
驚いている俺の手に腕を絡ませてくる。
「今は普通の女子高生って言ったでしょ! それで恋愛の真っ最中。さっきも言ったけど、絶対に内緒だし、もう過去のことなんだからね」
「あ、ああ。鵙美は……鵙美さ」
……俺は、けっしてアイドルなんかを好きになったんじゃないんだ……。俺なんかを好きになってくれた、鵙美が大好きなんだ……。
眼鏡の違和感が……やっとわかった。
鵙美の眼鏡は伊達メガネだったんだな。だから外した時に目の大きさも変わらなかったし、レンズもプラスチックだから軽かったのか……。
「現実で満足しなさいよ!」
「はあ?」
なんか……ゲームをチートして偉そうにしていた俺が……逆に遊ばれていたみたいで……ウザい! それどころか、現実が妄想より先走りしていたなんて……。
現実の方がチートしていたなんて――!
「ねえ、これから暇でしょ? 一緒にゲームしない? ……私の部屋で」
「――へや?」
返事のトーンが少し高かったかもしれない……。
もう夏も終わりだっていうのに……一斉に汗が体中の汗腺を押し広げて吹き出しやがる!
……そのゲームは……チートできるようなゲームなのだろうか……?
鵙美の頬は赤く、俺の顔も次第に同調するように赤くなっていく……。
YOU LOSE
ゲームのコントローラを握ったまま俺は、放心状態になっていた……。
――まさか、全てのジャンルのゲームで……鵙美に手加減してもらうとは……。
思ってもいなかった……ぜ。
……くそっ!