渡利春佳 バッドエンド
俺にとって色んな事があり過ぎた夏休みが……終わりを遂げようとしている。
人生における分岐ってやつは、現実には星の数ほどある。星の数ほどあるにもかかわらず、
――実際に選べるのはたった一つだけ。やり直しなんて効かない――。
A~Zまでシナリオがあるからといって、いいことだけを選べたり、嫌なところを飛ばしたり、ダメだったからもう一度……後戻りなんて、リアルではできないのさ……。
そんな当たり前のことを、……まさか身を持って思い知らされるなんて……。今となっては自分の浅はかさに、笑いすらこみ上げてくるぜ。
俺にとって色んな事があり過ぎた夏休みが……終わりを遂げようとしている。
幼馴染の春佳は、引っ越してしまった。
なにも聞かされず、連絡先も住所もメルアドも……俺に知らせることなく……引っ越してしまった。
だが、――人生の別れというわけじゃない。
お互い会いたいと願っていれば、いつしか必ず会うことは出来るはずなんだ――。例えば……中学の同窓会や小学の同窓会……。社会に出ればお互い考え方も少しは変わるだろう。
それまで春佳との小さい頃からの思い出は、俺の青春の一ページに挟んで仕舞っておきたい。いや、春佳との思い出は……たった一ページじゃ収まりきらないだろうが……。
この青い空のどこかに春佳はいるんだ。そして、俺と同じように空を眺めているのかも知れない――。
夏休みの日課となってしまった夏期補習へと行くために、今日も海岸沿いを自転車で走る。
真夏の暑さが日に日にマシになり、朝の海風が心地よい――。
学校前のバス停。同じ高校の制服の中に、今日も一際目立つツインテールを探すが、……当然、見当たらなかった。
この学校には、ツインテール……誰一人いなくなってしまったってわけだ。
翔が言っていたバカな一言を思い浮かべる。
『あのツインテールでしばかれたいぜ』
『首をブンブン降ったら、ビシバシって具合に当たりそうだよな?』
次に春佳に会った時……、ダメ元で頼んでみたい。ツインテールを少し怒りながら振り回す春佳を想像すると……可笑しくてニヤニヤしてしまう――。
必ず春佳にもう一度会う――。
それが俺の目標だ――。
バスから降りて歩く集団を横切って自転車で駆け抜けようとしたとき、一瞬、見慣れた横顔を追い抜かした気がした。
――まさか、と思ったが……いやそんなはずはない。他人の空似か――?
慌てて両手でブレーキを握りしめると、自転車の後ろタイヤが消しゴムのように夏のアスファルトに黒く汚れた消し跡を描く。
振り返ると……ツインテールをバッサリと切って、ショートヘアーの春佳? が……、俺と目を合わさないようにして……ツカツカと……俺の横を……ワザと無視するように通り過ぎようとする?
「渡利春佳……さん?」
「え……ええと。そうですけど。急になんで苗字で呼ぶのよ、佐倉ヒロ……くん?」
そのまま足を止めようともせずに、校舎へと向けてツカツカと速足で歩く。髪を触りながら……。
春佳の頬は、八重桜のような薄紅色をしているが、これは……幼馴染にバッサリ切った……いや、バッサリ切り過ぎた髪形を見られて恥ずかしいだけなのだと――容易に推測出来る~!
「ちょちょっと待てよ! ……お前……、引っ越しするとかなんとか言ってたよなあ? 昨日!」
「う、うん。ちゃんとしたわよ。隣り町に」
「……ははーん。だから引っ越し先教えないとか言って……俺をおちょくっていたわけだ……」
なんか……髪さえ切れば、俺に見つからないと春佳が企んでいたみたいで……。
小憎たらしい~!
「べ~だ。騙される方が悪いのよ。相変わらずおバカさんね~!」
軽々しくそう言われると……今はホッとした。
心の底からホッとしたんだ――。
また同じ高校に通える。顔も合わすし、これからは、今まで以上にもっと話ができる。
春佳と話せなかった……「取り戻したい時間」が、俺にはあるんだ。春佳は俺の事をなんでも知っている。俺も春佳の事は少なからず知っている。だからこれからも色々な事を相談したり、されたい。
俺の数少ない親友として――。
「じゃ、じゃあこれからも……ヨロシクな……親友」
そう言って俺は……自転車を押しながら片方の手を出した。なんで今さら握手なんだろう? って……自分で自分のやっていることに笑ってしまいそうになる。
「ウフフ……。なにそれ?」
少し微笑みながら、春佳は俺の手を握り返して握手してくれた。
春佳の手……幼稚園の頃から何度も握っていたが、知らない間に大きく、綺麗に、そして優しくなった。
このままずっと放さずにいたいと感じた。
小さい頃も……ずっとそう感じていた。
「女の子は日々成長しているのよ~」
「なんだよ、それ」
すっと手を放し、下の先をペロッと見せて春佳は校舎の方へ走って行った。
ちょっとくらい待ってくれてもいいのに……。自転車を自転車小屋まで一人で押しながら、走る春佳を見送った。
下駄箱で靴を履きながら、春佳は一人呟いていた。
「本当に……ばか……」




