Z 最後の分岐――
爆音でトレーラーがヒロの横を走り抜けていく!! その先の歩道に鵙美が立っていた……。
ゲームと全く同じように……。
コンビニ前の横断歩道に立つ鵙美の姿を見つけた――。急いで駆け付けようとする俺のすぐ横を大きなトレーラーが轟音で抜き去る――。
――嫌な画像が、目の前にチラつく――。歩道から飛び込み自殺をして――、バラバラの肉片が道路上に散らばり、それを目の当たりにして呆然と立ち尽くす――俺の姿――!
――何度も何度も脳裏をよぎる――。「ききききーがん」が――!
「――駄目だ! 鵙美! そうは、させない――!」
俺がさせない――!
――疾風のごとくトレーラーを抜き去り――、
間一髪のところで、鵙美の小さな体を抱きかかえ、歩道の手前へ二人は転げこんで倒れた――!
――ファーン!
地響きと共に耳をつんざくようなクラックション――、運転席から大声で罵声が飛ぶ――!
「バッキャロー! この暑いのに――いちゃついてんじゃねーぞクソガキども――!」
俺と鵙美の数メートル離れた道路を地響きを立て――トレーラーが走り去り、アスファルトと排気ガスの熱風が俺の頬をかすめた――。
「――ちょ、ちょっと? ヒロ君……は、放してっ!」
「ダメだ――! 絶対にお前を放さない!」
なにがあっても――! これ以上、ゲーム通りになんかさせない! 鵙美を死なせたりなんかしない!
顔からは汗と涙と、鼻水が流れ――いい香りがする鵙美の短い髪にベットリと付くのだが、もう、抱きしめた鵙美を放す事なんて出来なかった――。
鵙美には知られたくない過去があるのかも知れない――。でも、もう……そんな事はどうでもいい。どうでもよかったんだ――。人は誰だって……知られたくない秘密や過去を隠し持って生きている。俺だってずっとそうだった――。
でも、それを隠し持ってでも生きている――。今、こうして生きているんだ――。
今なら、やっと言える――。
鵙美が好きだ。好きで好きでどうしようもない――! 他にも好きだった子はいるが、それでも、やっぱり俺は、鵙美が一番好きだったんだ――。
涙が止まらないくらい鵙美が好きだ――!
鵙美のためなら、俺が死んだって惜しくないくらい――好きなんだ――。
いや、今は落ち着け――、落ち着け――俺――。冷静さを取り戻すんだ……。
トラックは……もう来ない。
三人目の……鵙美とのバッドエンドには分岐がなかった……。鵙美は作らなかった……。
……だったら……俺は……いったいこの後、どうなるというんだ?
「……ちょっと……ヒロ君。みんな見てるじゃない……恥ずかしいでしょ」
歩道で倒れたまま抱きしめ続けていた鵙美の肩が……わずかに震えていた。
泣いているのか? 鵙美……。
「え? ああ、ごめん。俺――鵙美の気持ちを……今まで考えられなかった……。考えようとしてなかったんだ――。泣かせるようなこと言って……ごめん。本当に――ぼめん!」
――!
「……。初めて謝ってくれたね」
俺の体の後ろに、鵙美がそっと腕を回し、優しく包み込んでくれる……。
「現実はチートなんて出来ないのよ……。だから……我慢しなくちゃ……。だから、だから……、わたわたわたしと……付き合って下さい!」
最後の分岐が……少しずつ動き始める――。
ずっとゲームに作らなかったグッドエンド……。今日、ここでこうなると想定していたのかも知れない。――現実に二人でグッドエンドを作り、――「体験版」を「完成版」にするために……。
ゲームでは彼女の気持ちに強制的に「いいえ」と断ってしまい……彼女が道路に飛び出す最悪のバッドエンド。だったら今、俺の答えはすでにゲームを手渡されたあの日から――終業式のあの日から決められている……ってわけか……。
こんな回りくどいこと……しなくてもいいのに。安堵の笑みが……とめどなく溢れ零れる。
もう一度強くギュッと抱きしめて曇った声で言う。
「ああ。俺の方こそ。鵙美が好きだ……。大好きだ……。一番大切なんだ! だから、死のうだなんて思わずに……俺と付き合ってくれ――」
鵙美が何度も俺の腕の中で頷いた。
「……はい」
「……ゲーム中に出てこなかったセリフだな……」
「ここから先は作ってないから……一緒に完成させて欲しいの……うっふんクス森ピクピク」
今、この場でそのタイトル名を言わないで欲しい。思わず、笑ってしまうぜ、
……クスって……。
「……だいたい、そのタイトル……。なんとかできなかったのか?」
笑いながら優しく抱きしめていると、アスファルトの暑さも、人の視線も気にもならない。お互いの汗なんかも、なにもかもがもう気にならなかった――。
「へへ、一瞬でゲームの虜になったでしょ?」
「……ああ。まあな。ひょっとして凄い名作になるかもな」
チートできない俺も鵙美も学生々活は一生にたった一度きり。楽しかったことも、嫌なこともやり直しなんて出来ないんだ……。
そんな当然の事が、分かっていなかったようで……今は少し可笑しい。
立ち上がると、学校の教室へと手を繋いで歩いた……。
内履きの靴で歩く真夏のアスファルトは、足の裏を火照らせる……。
「鵙美はさあ、……ずっと俺のこと好きだったんだろ。いつからなんだ?」
「すっごい自信過剰発言ね、ビックリするわ!」
ハハっと笑い飛ばせる。自信過剰の上から目線は、俺の代名詞みたいなもんなんだぜ――。自慢じゃねーけど。
もう鵙美には嘘をついたり隠し事をしたり、自分のカッコイイ部分を背伸びして見せる必要なんてないんだ。遠慮することも、逆にされることもない。夏休み中、ずっとそうしてたのかもしれないが……。
「入学してすぐに……気になっていたわ」
「そうなのか、でも、一体俺のどこにそんな要素があったんだ……?」
チートしてエロゲーばっかりやってるような男子だぜ。
成績優秀だが、人を上から目線でしか見れない小さな人間だ。
「……背が高いところかな。クラスで一番……」
ガーンと頭を金属製のタライの「角」の部分で叩かれた気分だぜ――。
「そ、そこかよ~!」
「うん。ゲームはチートしてるし、エロゲーばっかやっている男子なんて、見てくれ以外のどこを好きになったらいいわけ?」
「……そうだよな。ハハハ。はあ~」
せめて、勉強が出来るところってのもお仲間に入れて欲しかったぜ……せめて。
「冗談よ」
「はあ?」
……ここで……冗談言うか?
「ヒロ君はね……本当は優しい。みんなもヒロ君自身も気づいてなかっただけ。せっかく優しくていい男なのに、それを表にださずに、逆に悪い部分だけを見せ続けているのは勿体ない……。だから好きになっていったの。そして私なんかの作ったゲームを……何度も何度も真剣にやってくれて、「やる方の気持ちを考えろ」って真剣に怒ってくれて、本気で私の為にアドバイスしてくれたのが嬉しかったの……」
「本気……で?」
大きく頷いた。
「うん。目標通り夏休み中に完成することが出来るわ!」
最初はアドバイスしたんじゃなくて、ただただ腹が立ったから本気で怒っただけだった――。
女子に対して……大人気もなく。
それに、ゲームをやったのも、タイトルのインパクトが強かったからだ。だからそれは……全部、鵙美の才能なのに……。
「鵙美……」
「ん? なに?」
「あの時は……ごめんな……」
「ううん」
鵙美が眼鏡をずらして涙を拭く……。
また……泣かしてしまったな……。
「……私ってさあ、友達いないじゃない……。だから本気で怒てくれったり、笑って話したり、相談してくれて……。……一緒にいて凄く楽しかったの。……ヒロ君だけよ、学校で普通に接してくれたの……。ゲームを作っていくうちに、私の中にも一つの気持ちが膨れ上がってきたの。……私も現実世界に要求不満だったんだわ……」
……たしかに、鵙美が友達と普通に話しているところを見たことがない。
中学が近くじゃなかったからだけだと思っていたんだが……。
「やっぱり……私って高嶺の花なのかなあ?」
――プッ!
思わず吹き出して声高に笑ってしまった。
今日、一番笑った。今までで一番笑える一言だった……。
「――もう! 笑いすぎよ! だったら、逆に私のどこが好きなのよ?」
「ヒーヒ~、へ? ああ、そりゃあ……」
背も低いし、スタイルもおおよそ……幼児。Cカップってのは……たぶん嘘だな。性格も……まあ普通じゃない。
一体俺は、鵙美のどこに惚れたんだ~? ……なんてな。
最初から分かってたじゃないか。
「パソコンで恋愛シミュレーションゲームなんてものを真剣に作ろうとしていたり、それをまさか男子にさせてみるなんて行動力。妥協せずにいいものを作ろうとする向上心ってやつだな。自分の意思を貫き通すところ……。背は低いのに志は俺より遥かに高い!」
俺に欠けたカッコイイ部分。見ないようにしてきたカッコイイ部分を鵙美はたくさん持っているんだ……。
なにより、一緒にいて楽しかったのは……紛れもない事実だ。
「目標を持って、それを達成するために真剣に頑張るところ……凄いと思うよ。勉強もそれぐらい頑張ればいい成績とれるだろうに……」
「それは言わないでよ~」
「俺の薄っぺらい高校生活に比べて、鵙美のは……分厚いよ」
「分厚いってなによ!」
頬を膨らませて怒る。どこかのシーンに出てきたセリフと仕草が……今は愛おしかった。
「そういえば、あのゲーム、全クリしたら最後の分岐が出るってどうだ?」
「あ! それありね。百回クリアしたら出るとかでもいいかも!」
「――百回も!」
だが俺は……実に百回くらいクリアしたのかもしれない。うっふんクス森ピクピク体験版……。
「それと……。私……死のうだなんて……生まれてこれまで一度も思ったことないわよ……」
「え……?」
じゃあ……あの道路の横で突っ立っていたのって……?
……なんだったの~?