U 海水浴はビキニ? スクール水着?
ヒロは翔に海水浴に行こうと誘われるのだが断ってしまう。泳いだ後の自転車が超しんどいからだ。バテル。
しかし、作成中の恋愛シミュレーションゲーム「うっふんクス森ピクピク」では海に行くイベントを入れるよう鵙美に提案する。すると……?
補習の休み時間、翔が俺の机へ近づいていきた。
「なあヒロ、海に行かねえか?」
「海……だと?」
二日前に行ったばかりだ――とは言わなかった。
翔が行きたいと言っている海ってやつは、もちろん砂浜で、その目的も海水浴なのだろう。俺は別に泳ぎが苦手……というわけではないが海水が嫌いだ。
シャワーは有料だし、浴び終わっても足の砂や塩は結局取れない。日焼けするもの嫌いだ。それに、海水浴場がここからさらに遠く、いつもの倍以上自転車をこがなくてはいけない。海水浴後に自転車をこぐほど過酷なことはない……。足の疲労感がハンパない――。
翔の魂胆は分かっている。可愛い水着の女の子と仲良くなって、夏の砂浜をエンジョイするのが目的だろう。毎日ウエイトリフティング部で体を鍛えている翔はいいだろうが、その隣で貧相な体をさらすのに抵抗がある。比べられてしまうだろーか!
俺だって中学の時はバスケ部だったが……、ほとんど廃部寸前の練習もいい加減な部だった。
筋トレなんて声だけ出していた……。
「悪いがパスだ。水着の女子を見に行くためだけに砂浜まで自転車で行くのは……しんどい」
「つれねーなー。じゃあ、他の友達誘うか」
「そうしてくれ。誰か女子が来るんならまた誘ってくれ」
「そんな女子がいりゃあ……誰もヒロを誘ったりしねーよ」
三人の水着姿が思い浮かぶ……。誰かとはあえて言わないぜ。女子と一緒に海水浴……。波打ち際で無邪気にはしゃぐ水着の女子……。楽しいだろうなあ……。
「そういやあ、お前、普通科の渡利春佳って子と、仲いいのか?」
ドクンと心臓が高い音を立てて鼓動する――。
――あ、焦るじゃないか!
今……頭の中で水着にしていた。
つーか、どこでこいつはそんな裏事情を聞いてくるんだよ! ウエイトリフティング部の情報網は、FBI級なのだろうか……。
「自転車に二人で乗ってイチャイチャしてるの、見た奴がいるぜ?」
汗が垂れる。
いつ見られた? あの大雨の日か? ニヤニヤしながら言っているのが……なにかしらのヤバさを感じさせる。
「……いつのことだよ」
「学校の校門のすぐ前で二人乗りしようとしてたんだろ?」
ああ、なんだ、あの時か。ホッと息を吐くと、心臓の鼓動も通常のビートに戻った。
「小学校から同じだっただけさ。まあ、小学校以来……殆ど喋ってねえけどな」
本当は保育所からだがな。幼馴染って言葉は、あえて使わない。使いたくない。
「へー。渡利春佳って、九条ほどじゃねえけど、人気があるからなあ」
「――なんだ、もしかして、翔……紹介してほしいのか?」
「いや、確かに可愛いけど、俺のタイプとは……ちょっとばかし違うんだよなあ~。あ~でもどうだろうなあ~」
だらしのないニヤケ顔で翔が思いにふける。
自分で言っておいて、胸のあたりがチクチクした……。
別に俺の彼女でもなんでもないのに……。
補習も終わり、また鵙美と二人でゲームの修正をしていた。どうも後半部分に盛り上がりが欠けている。ズルズルとバッドエンドに引きずり込まれるゲームの展開に……頭を抱えてしまう。
このままじゃ、クソゲーの域を越えられないのではないだろうか……。
「そうだ! 海に行こうぜ。海!」
「えー、水着持ってないよ。焼けるし!」
頬を赤くしないでくれ……、
「いや、リアルじゃなくてゲームの話だ! 中盤から後半にかけての盛り上げるイベントとして、海にいく部分を作ろうぜってことさ。もちろんビキニ!」
そうすりゃあ、水着姿に騙されて……ちょっとは男子ウケするゲームになること間違いなしだ!
タイトルが水着ってだけで、男の視線を二秒……いや、一秒は留められる!
「でも、……恥ずかしいなあ」
赤い顔をしないでくれ……。
「あのなあ、鵙美が水着になるわけじゃないだろ? お前は童顔幼児体形だから誰も期待なんかしてねーよ」
「私だってCカップあるんだから」
こっちを見もしないで、自分の胸を両手で触って確認する……!
え? なにそれ? 言っていいこと……なんだ。それとも、自慢話なのか?
虚を突かれた顔で鵙美の胸の辺りを凝視してしまったじゃないか――!
「あー、信じてないでしょ!」
「い、いや? 信じるも信じないも……。それって言っていいことな……な……なのか?」
思わず胸のあたりに視線を奪われてしまう! チラ見だ……チラ見。
「触ってみる?」
――!
ドクン、ドクンと鼓動の音が聞こえ、
汗が顎からポタリとズボンへと落ちた――。
――これも……リアル分岐か? 触ってしまったら――。
取り返しがつかなくなるような気がしないか――?
強制的にバッドエンドへまっしぐらってやつかもしれねー!
「本気にした? 冗談に決まってるでしょっ! ヒロ君のスケベ!」
「あ、ああ……」
シュ~って音を立てて、俺の頭から湯気が抜ける姿は……、真冬の肉まんか……あんまんみたいだった。
なんか……助かったぜ……。シュ~……。
海水浴へ行くシナリオを、鵙美は勉強用のノートの裏側からスラスラ書いていく。
こいつにとって、ゲーム作成のためなら、教科書すら切り抜きだすかもしれない。こりゃあ……成績底辺を抜け出せないわけだ。補習中も、ずっとシナリオを考えているのかも知れない。
ノートの淵の白い部分や、隅の空いた部分には落書きのようなイラストの下書きで埋め尽くされている。浮かんだイメージをすぐに書き記している。
この根性を……どうして勉強やスポーツへ生かせないのだろう。人間って、つくづくうまくできてない生き物だと実感するぜ。
ページをめくり、次に鵙美は水着姿のデッサンをデカデカと書き始めた。雑なんだが……手や足の長さの比率が測ったかのように正確だ。見ていて違和感がない。その書く速さたるや……まるでプロ並みだ。見ているだけで少し楽しいぞ。
そして……見たいわけでもない胸の谷間を……チラッと見ているだけで……少し楽しいぞ。
鵙美の水着姿も……見てみたい~ような……興味が湧いてきてしまうではないか――!
「……セーブデーターが中盤まで来たところで、タイトルの三人を……水着にするってのはどうだ?」
それとなく催促してみる。
「あ、それありかも!」
ノートから顔を起こす鵙美の眼鏡が一瞬光った――。キラーンってやつだ。
「紐みたいな小さな水着! いろんな部位が見えるか見えないかギリギリのやつね!」
――おいこらリアリティはどこへ行った! 自問自答せよと言いたい~!
部位ってなんだ、部位って! せめて胸とか、お尻とか……可愛らしい表現をせよと言いたい~!
いや、まてよ? Vって言ったのだろうか? Vゾーンのことを言ったのだろうか……。三人いるから……いろんなVゾーン? ブイブイブイ? 違うわなあ~!
「男子は――露出が少ない方が好きだ! 女子高生がほとんど尻出して泳いでいたら、逆に引く!」
「へえ~。ヒロ君ってそっち派なんだ……」
「う、うん」
うん?
そっち派ってなんだ?
「じゃあスクール水着?」
……ああ……スクール水着ねえ……なるほど。露出は少なくエロくもなんともない……。
「ってえ! タイトル画面がスクール水着の女子高生三人は、逆にエロい! 紐よりひどい!」
……大きな名札が胸に着いた二人のスクール水着姿……見てみたい気もするが……。
「うわー、ヒロ君の顔、今までにない最高にいやらしい顔! キモ~イ」
――キモ~イは……ヒド~イだろーがっ!
高校生男子が女子の水着姿に興味を持つのは――自然の摂理だろーが!
しかし……お盆を過ぎたら、日本海にはクラゲが増えるから、今年はもう海に行く機会はないだろうなあ――。
残念だ……。