R ゲーム内のアイドル 相川菜々美
うっふんクス森ピクピクに出てくるアイドル役の相川菜々美は、九条佑里香にそっくりだったのだが……そこは聞けない。聞くわけにはいかない。
あえて九条佑里香に似ているアイドル役のキャラ、相川菜々美については、わざわざ鵙美に聞かなかった。
そりゃあ……あれだ。俺が好意を抱いているのが鵙美なんかにバレるのが嫌だからな……。厄介だ。
しかし、なんの偶然か分からないが、今日はその九条佑里香が夏季補習に顔を出していたんだ。
夏祭りの日から数日が経過していた。
他の友達と楽しそうに話しながら座っている、クラスのアイドル、高嶺の花を自分の机からボーっと眺めていた。
幼馴染の友達が、恋敵でクラスのアイドルだなんて……現実はとんだ泥沼化しちゃってるよなあ。翔からの情報では、九条も今日からしばらくは夏期補習を受けに来るらしい。
わざわざ来ている夏期補習。これからしばらく、少し楽しみになるのかもしれない。……可愛い子っていうのは、教室にいるだけで、
……ちょっと嬉しいかもしれない。
そんな高嶺の花を遠くから見ているだけの俺に、翔が想像もしていなかったプレゼントをしてくれた。
「こいつ数学も賢いから教えてもらえよ」
と、軽く話すきっかけを作ってくれたのだ。でかしたと褒め称えてやりたいぜ。
「佐倉君、数学得意なの?」
「……まあ……な、クラスで一位の俺に聞く必要はない質問だよな」
出来るだけ平静を装い、そう言ってチョイアピールをする。
「谷山君に聞いたわよ。教えるのも上手だって……」
「ま、まあな……」
人に勉強を教えた事なんて、ないっつーの!
休み時間、机の横に椅子を持って来て座る九条に俺は、必死で数学の問題の解き方を教えていた。
「えーと。だから、これは……」
自分の教え方の下手さ加減に嫌気がさす――! 何度、「えーと」「なんだっけ」と繰り返しただろうか……。
九条の真面目な顔に、一瞬笑みがこぼれる。まるでそれは、夏に吹き抜ける春風のように爽やかで、ずっとこの時間が続けばいいと思った。
問題の解き方を教えているだけなのに、九条が素直でいい子っていうのが伝わってくる。
春佳が敵わないわけか……。いや、そうじゃないな。こっちが野球部の上野の好みなんだ。
春佳が真夏の太陽だとしたら、九条は真夏の星空だ。自己主張も強くないし、おしとやかで、でも、賢いからか話していて楽しい。優しく包み込むような包容力が感じられる。
それに比べて、鵙美は……忘れ去られた第九番惑星だな。冥王星だ。補習の時間からそのままスースー寝ていやがる。
コイツほど夏期補習に来てる意味がないやつ……いないだろうな。
いや、いた……。
その隣の隣でも、翔のバカがガーガー寝ている。イビキがうるせえって先生の代わりに怒鳴ってやりたいぜ。
補習が終わった教室でも、鵙美は眠り続けていた……。
カシャ!
「ヨダレ垂らして眠る鵙美、ゲット」
「ちょっと~カメラはNGよ〜」
なんだ、起きてたのか……。いや、寝ぼけているのか?
よく教室で寝ぼけるほど熟睡できるものだと……逆に褒めてやりたいぜ。
片方の頬に真っ赤な痕つけて、寝癖までつけて……。ちょっとは九条の女性らしさってのを分けてもらったらどうだ?
「……なんだ、夢か……」
「ああ、お前のアホヅラ、バッチシ撮ったぞ。ヨダレ垂らしてプリントビショビショ」
画像を表示して鵙美に見せてやると、耳まで赤くなるのが、目に見えて面白い。
もう、プリント……八割がヨダレを吸って濡れてボコボコなんだぜ……。見ているこっちが恥ずかしくなる。
「ちょっと! 消してよ! 今すぐ〜!」
慌てて眼鏡をかけ、俺のスマホを奪いにくる。
鵙美は背が低い。手の届かないところまでスマホを持ち上げると、ぜんぜん届かない。
すると鵙美は――つま先で向こう脛を! 前に春佳に蹴られたところと同じ場所を蹴りやがるー! 本気で!
「痛え〜!」
かがんだ俺の手から素早くスマホを剥ぎ取り、素早く操作し、画像を削除された……。
それどころか……どさくさに紛れて、俺のプライベート写真を……全部、見やがる~!
「ふむふむ、うわあ~、ジャケット撮影までしてる! キモ! レバー!」
「それは、「プロダクトキー」をスマホで撮っただけだろーが!」
ジャケット撮影なんかじゃねーって! キモって言うな!
っつーか、レバーってなんだ? ……キモのことか~!
ジャケット画像……すぐに消しておくべきだった――。
そう言えば……。今日、九条に数学を教えていた時、……九条からとてもいい香りがした……。
高校生にもなると、女子は誰もが香水をつけているのだろうか……?
……試しに。
いつものようにメモにガリガリとアイデアを書き込んでいく鵙美の頭を、両手でバスケットボールのようにガシッと掴んで、クンクンと匂いを嗅いでみた。
「……ちょっと待ってよヒロ君! 教室に二人しかいないからって、……いきなりなにするのよ!」
「あ? いや、別に大したことじゃないんだ。鵙美って、なにか香水でもつけてるのか?」
女子って全員、香水つけるのか?
「そんなの付けるわけないじゃない。シャンプーとリンスだけよ。っつーか、いい加減やめてくれない? セクハラで訴えるわよ!」
「ああ、わりいわりい」
「――もう!」
乱れてもいないショートヘアーを手串で整える。頬が少し赤いのが可愛らしい……というより笑える。
「……いい匂いがしたでしょ?」
「……ああ、すごくいい匂いだった。……まるでニワトリ小屋みたいな香しい匂いがしたぞ」
「ニワトリ小屋って……なによ~!」
「ああ? ニワトリが住んでいて、餌食べたり水飲んだり卵産んだりする小屋のことだぞ? そんなのも知らねえのか? ググったら画像とかたくさんでてくるぜ、――じゃあな!」
鞄を持って逃げるように教室を出る――!
「ああ! ちょっと、待てー!」
「うわっニワトリが怒った~。さいなら~ハハハ!」