M ゲーム内の幼馴染 日比野純菜
夏季補習の後、教室に残った佐倉ヒロと木南鵙美は「うっふんクス森ピクピク」の制作会議を行うのだが……。話は脱線しまくる……。
ゲームの一人目のキャラ「日比野純菜」は主人公の幼馴染で、幼稚園からの付き合いという設定だ。
別にエロくも切なくもないダメダメストーリーで、何も選択せずに文字をダ~っと飛ばして行くと、当然のように最初のエンディングに到達する。到達してしまう。
日比野純菜が遠くの海外へ転校していく、ありがちなバッドエンド。
そして新たにできた分岐が、その転校前に主人公が勇気を出して告白をするのだが、遠距離なんて無理だとフラれる……より酷いバッドエンド。
主人公はどうしようもなくなり、その場で泣くのだが……。主人公の泣き声までもが全て鵙美の声なのが聞き苦しい。
それに、男子は簡単に泣かない……。幼馴染と別れたり、フラれたからって、「エ~ン、エ~ン」って嗚咽をあげて泣いたりなんかしねー。明日、鵙美にしっかり言ってやんねーといけないな。まったく一から十まで俺が作ってるんじゃねーか? このゲーム。
シャー芯をカチカチ出して、小さなメモ紙にその事を書いていた時……、
……ふいに春佳の事を思い出していた。
俺のリアル幼馴染といったら、春佳しかいない……。
「……そういえばあいつ……、なんか俺に、話でもあったのかな……?」
まあ……いいかとは思ったが……なにか引っ掛かる違和感を感じていた。
そして当然のように夏期補習に行く俺――。夏休みのいい運動になっていると自分の太ももに言い聞かせる。
「伏線だと?」
「そうよ、伏線よ! 小説とかでよくあるじゃない! 途中とか過去とかに伏線を入れといて、それを回収してどんでん返しってってやつ!」
過去で意味しげな行動をして……それが後で功をなすってやつか……。ちょい頭を捻る……。
「うーん。小説ならともかく、ゲームは過去と未来の時系列は崩せないだろ? 現在をプレイしているのに、過去を変えちゃったら……つじつまが合わなくならないか?」
「駄目かな……」
「う~ん……」
例えば……回想シーンで、幼馴染に告白しておかないとハッピーエンドに辿り着けないぐらいの分岐なら……出来なくはないか……。
「いや、ありかもしれないな……。小学校の時の回想シーンをねじ込んで、そこで幼馴染に告白しておかないと、最後にハッピーエンドへ持って行けないっていうのはどうだろう?」
人差し指を空間に漂わせ、俺はその構成を頭に描いて知的に説明したのだが。
ニヤニヤしながら……鵙美が上目遣いで見てくる。
「へー告白したんだ? 幼馴染に~!」
「してねーよ!」
――夏祭りで……小学生なのに大人ぶって浴衣を着ていた一人の少女の姿が目に浮かぶ……。ずっと、ずっと、言おうか言うまいか思い悩んでいた俺が、……若気の至りだった。
――でも、
「あはは! ヒロったら、冗談よねー」
って笑って……フラれた。俺も笑って誤魔化していたんだ……。
小学の六年の時の、封印してしまいたい……最悪な思い出だ――。
俺は今、その時と同じ表情で、笑って誤魔化していた。
「ハ、ハ、ハ……」
はあ~、ため息出るぜ――。
「そんなことよりも! 必死になって作ってるけど、このゲームって完成したらどっかに応募とかするのか?」
まあ、絶対に大賞が取れたり、売れたりはしねーだろうけどな、こんなクソゲー。だが……万が一ってことがある。そのときは、俺にも報酬があってもいいだろう。――いや、あるべきだ。なんせ、ここ数日、俺はこのゲームしかやってねー。
目をつぶると、永遠甘ったるい鵙美のフルボイスが聞こえてきそうで虫唾が走る~。
「一応ゲームコンテストに応募するつもりよ。普通だったらこんなゲーム、誰もお金出して買う人いないわよ」
「なんだ。よく分かってるじゃん……ん?」
普通だったらっていうのが、なんか気にかかる。それと、鵙美は確か……この前、五百円とか言ってなかったか?
ひょっとして……俺からだけは……金取ろうとしてたのか?
ひょっとして俺……カモ? グゥアグゥア……グゥア?
……しかし、ならば、なぜこんなに手間暇かけてゲーム作るってるんだこの女は――! ただの趣味に付き合わされているのなら、俺の努力も虚しいだけではないか~!
せめて夏休みのバイト代くらいは欲しいぞ~!
「……コンテストに入賞したり、売れるようにしたりするには、やっぱりこのゲーム、少しくらいエロいシーンとかが必要じゃないか?」
金が儲かるとなれば、俺の気合も変わってくるぜ……。
――前言撤回! なんか目を見開いてドン引きされてしまっているではないか!
「ヒロ君のバカ! そんな声を私に出させる気! 最っ低! 出来るわけないでしょ! このド変態!」
「じょ、冗談に決まってるだろ!」
俺に背を向ける鵙美。いくらなんでもド変態はないだろ……。
次の瞬間――、
「うっふん……あんっ! いや、やだ。やめて……そ、そ、そこは……はあっん――あああぁ~!」
俺に背中を向けたまま……そんなボイストレーニングを……二人っきりの教室でやってはいけないと――、
――誰かこいつを大声でド叱りしてやってくれ~!
思わず教室の外や、廊下に誰もいないか確認してしまう~!
俺の顔は今、火を吹出すかのように深紅――! 真っ赤だ中だ!
画像修正に音声録音……そうそう短時間にできるわけでもあるまい。それでも、毎日のようにゲームを修正して持って……きやがる。
文書修正して、修正したところにもキチンとボイスが入っている。ナレーションもやはり完全フルボイス~! 俺の言ったこと、全く聞いてね~! さらには背景画像も増えているし、キャラも可愛くなっている。
……鵙美は家に帰ったら……こればかりやっているのだろう。パソコンが友達か? 寂しいやつだ……。
まあ、俺もか……。
俺も寂しいやつか……?
「一生懸命ゲーム作りしてっけど、もしかしてゲームコンテスト以外に、なにか別の目的でもあるのか?」
「へっへーん。気になる?」
「ならないが聞いてやる」
目的が分かってた方が、努力ってもんは、し易いハズだろ?
まあ……無駄な努力には変わりないのだろうが……ん?
無駄な努力って……俺らしからぬ行動をしているじゃないか……。ビックリするぜ。
「今は内緒……目標よ、私の目標!」
両の拳を握りしめた。ちくしょー。めっちゃ気になるじゃないか――。
「逆にヒロ君は夢とか目標とかないわけ? チートしてゲームばかりしてるけど……」
「夢?」
そりゃあ……あるぜ。笑ってくれても構わない。
「俺の夢はだなあ、金持ちになってアイドルと結婚するのさ!」
「うわ子供〜やっば! それ本気で言ってるんだったら……どうしよう~」
またしてもドン引きされた――。両手で指をねじって「バリヤー」している~!
女子が「本気」と書いて「ガチ」と言わないでくれ! マジでムカつくんですけど!
俺の顔、今日も真っ赤になっただろうがー!
「野球をやった事もない高校生が、「プロ野球選手になって女子アナと結婚したいっス」って言ってるようなものよ!」
「……」
俺の夢……そんなにディスられないといけない夢か?
男子だったら……一度は憧れる夢なのでは……ありませんこと?
「アイドルっていったら、たとえば誰?」
「え? たとえば?」
考えた事なかったぜ……。
別にアイドルだったら誰でもいいんだが……。っつーか、テレビなんか見ないから、好きなアイドルの名前が……急には出てこない。
「ヒロ君はアイドルと結婚したいくせに……好きなアイドルがいないの……?」
「――いや、ほら! いま好きなアイドルだって、年が経てば引退とかして、いないかも知れないだろ! だから、結婚出来るときにアイドルってのが条件だ……」
「じゃあ芸能人では誰が好きなの?」
「……」
……肩を震わせて笑いをこらえるんじゃねーよ!
恥ずかしくて……明日までに好きなアイドルを検索してきてやると……思っちまった……。
つーか、アイドルや芸能人の名前をたくさん憶えていても、テストでいい点なんか取れないだろ――。
「ククック……アイドルはともかく、お金持ちになりたかったら宝クジでも買えばいいじゃない」
落ち込み沈む俺はその言葉に、ピクンっと反応する。
「金持ち」って聞いて、「宝クジ」って考える鵙美の思考回路は、――ふ、小学生レベルだな。まだまだ青いぜ。
「バーカ、宝クジなんて一億円分買ったって、一億円当たらないんだぜ? もしそれで絶対当たるんなら、世間の金持ち連中が毎回買って、毎回当ててるさ」
つまり、貧乏人をさらに貧乏にしてるだけさ。しかも年末に~! うちの両親も、まんまと毎年買っている……。
大切なお金を無駄遣いするなと……説教してやりたいくらいだ。
「俺は、金持ちになる方法は分かっているのさ。金持ちがやっていることを真似すれば良いだけのこと。要は株さ。マネーゲームさ! そこに地道な努力なんて必要ない」
熱く夢を語る俺をほったらかしにして……鵙美は鞄を持った。
「じゃあね~。ヒロ君の夢、……人には絶っ対に言わない方がいいよ。――ップ! バイバ~イ」
あっ! 笑いやがった……俺の夢を! こんちくしょーめ!
「こら待て! 今のは……ほら、あれだ、冗談だ! 鵙美こそ……誰にも言わないでくれ~」
キャハっとはしゃぎながら走り去るのを追いかけようとしたのだが……。
――追いかけたら……マジで追いついちまうよなあ……。鵙美、逃げ足……遅そうだし。
そんな時……どうすればいいのだろうか俺は知らない。
それよりも鵙美の夢って……なんだ? 今は……てことは、まあ、いつかは俺にも教えてくれるってことか? なにかの目標があって……ゲームを作っているって言ったが……。
あーバカバカしい。考えるだけ時間の無駄だぜ。
趣味がちょっと一般人より度を越えてしまっているだけだよな。ちょっと、頭の中がチートしてんじゃねえのか? あいつは……。
あいつ……も?