L リアリティーを求めて
夢にまで出てきそうな恋愛シミュレーションゲーム、「うっふんクス森ピクピク」。佐倉ヒロは木南鵙美に改善提案するのだが……。
目を閉じて眠りに落ちそうになったとき……あいつの声が耳鳴りの様に聞こえてきた……。
「現実で我慢して! だからわた……わたわたわた……」
甘くこもった甲高い声だった……。
……ため息が出る。
「まずはだ、……クラスのアイドルの病名を決めたらどうだ。例えば白血病とか」
なにか分からない病気で学校に来なくなっても、プレイヤーは疑問に思うだけだ。補習が終わった後、鵙美にCDを返しながら、感想と修正箇所を言うのだが……この女……なかなか素直に「うん」と言いやがらね~!
「白血病になんて、そんな簡単になるの?」
「知らねーけどさあ、インパクトって大事だろ?」
「インパクト……? なら、「イボ痔」とか、「キレ痔」とかでも良くない?」
……駄目だな。よくない。いろんな意味で。
いや、確かにそりゃインパクトがあるのは事実だが……。
「それじゃあクラスのマドンナが台無しになってしまうだろーが! それにイボ痔とキレ痔が併発したって、まさか二度と学校に来れないような重病にはならないだろ」
「そっか。ん~なるほど!」
なにが「ん~なるほど!」だ……。木南が一生懸命に自分の手帳に書き込んでいるのが……ため息が出るぜ。そんなことくらい手帳に書かなくても、覚えられるだろーが。
おい――! 女子が可愛らしい手帳に、「イボ痔」「キレ痔」って書くなよ……。落として見られたらどうする気だ?
「あと、バッドエンドも、せめて告白してフラれるとかに出来ないか? 告白もせずに好きな子が引っ越しや病気や自殺で強制的にバッドエンドってストーリー……救いようがないだろ?」
「えー、でも、そんな簡単に男子が女子に告白なんて……する?」
……え?
……しない。俺ならそんな冒険……しない。
大海原に出た大海賊だって、フラれるかも知れない無謀な告白なんかしないだろう。
――だが! ――しかし!
「ゲームだからいいんだよ! それくらい冒険しても!」
「でも……リアリティーがないよ!」
「ここでリアリティーを求めるか? そもそも、リアルに楽しみがない奴が恋愛シミュレーションゲームをするんだろーが」
おいおい、チラッと俺を見るなよ!
腹立つだろーが!
「それと、分岐が少ないんだよ。分岐の作り方が分からないんなら、せめて登場人物を増やすとか、一度に三人と付き合えるとか。頑張っただけの見返りをプレイヤーは欲しがるもんだぜ」
「えー三又じゃん! そんなの駄目だよ。ただの女ったらしじゃん!」
「だーかーら~。ゲームだからいいんだよ! だいたい、「同級生ショッピング」だって、分岐を間違えずにやれば、全員の女の子と……ほら、えーと」
……やばい。顔が赤くなる!
「同級生ショッピング」は、都会の謎めいたマンションの一室に閉じこもっている同級生の女子達を助けたり、更生させたりしていくゲームで、その助けた見返りとしてエロゲーの報酬……つまり、ご褒美画像が見られるのだ。
分岐点で選択肢を一つも間違えずに最後まで進むと、全員の女の子を助け出すことができる。言わばハーレム状態だ。
さらに、ハッピーエンド、バッドエンド、全ての分岐を網羅することにより「全クリ」となる。ネット上にはその攻略方法を明記しているサイトは多数あるのだが、実際に全ての分岐を通過するということは、何度も何度もゲームをクリアする必要があり、莫大な時間が必要となってしまう。しかし! それを達成することにより、全ての画像やイベントCG、イベントムービーが回覧できる鑑賞モードが楽しめるようになるという究極のご褒美があり、無料ソフトとは思えないクオリティの高いエロゲームなのだ~!
「そんなハーレムゲームを作ってるんじゃないわよ」
ハーレム……んん? ハーレム?
そんなエロゲーに比べると……、まあ、男子一人に対して女子三人も……ハーレムと言えば、ハーレムになるのか……。小さいハーレム……プチハ―だなあ。
「……だとしてもだなあ、せめてキスシーンくらいはないと、こんなゲーム誰もやらないぜ」
予期せぬ返答が返ってきた――。
「したことないもん」
……はあ~。
別に、お前の事を聞いてるんじゃねーよ。って言ってやりたい、いや――!
「別に、お前の事を聞いてるんじゃねーよ!」
言ってやった。汗が出るっつーの!
……まあ、……そりゃあ。俺もだけど……な。
キスしたことがない高校生が……世間になんら悪影響を及ぼしているわけではあるまい――。
なんで痒くもない頬を俺はポリポリ掻いているのだろう……。
「なんか適当に小説とか丸写しでキスシーンくらい作れるだろ?」
「そんなのリアリティーがないよ」
リアリティー……リアリティー……って……。
「そもそも自作ゲームにそんなリアリティーは必要か――?」
「じゃあさ、キス……してみよっか?」
……。
なぜ……そうなるのか……誰か教えてくれ。いや、教えてやってくれ!
「寝言は寝て言えよ、バ~カ! ……そういうもんは、大事に――とっとくもんだろ」
「そっか。危ない危ない」
……とは言ったが、内心……ドキドキもんだった。
たぶん脇汗が、白いシャツに滲んでいるかもしれない。
木南はキスしたことないんだ……。恋愛禁止って言ってたくらいだから本当なんだろう。
っつーか、「危ない危ない」なんて言うくらいなら……軽口にキスしようかなんて……言うなよバカ!
もう一度言わせてくれ。
「バーカ」
「……」
次の日も受け取ったCDを、パソコンへと放り込んだ。
ヘッドホンを付けて部屋で一人『うっふんクス森ピクピク』をしていると……、あいつの声で洗脳されるんじゃないだろうか?
タイトル画面で「スタート」をクリックするのと同時に、大音量で読み上げられるナレーション……。もう、うんざりだ。耳の中にも汗をかくのが分かる……。
ヘッドホンを外し、文字を飛ばし読みしながらゲームを進めていった。すると……キャラが三人とも、描き直され、少し可愛いくなっているのに気付いた。
風景も細かく書きこまれている。最初は、どこかのサイトから勝手にダウンロードしたのだろうと思っていたが、どこかで見たことがある風景だ。
枚数は少ないが、手書きだ。写真を手書き風に画像修正したのでもない……。
実は才能あるんじゃないだろうか……絵だけ。
ヘッドホンからは甲高い声がシャカシャカ聞こえ続けている。
それと、分岐が三つから五つに増えていた。告白してフラれるパターンが二つだけ増えていたのだ。告白すらせずにいなくなるバッドエンドよりはマシなのだが、……バッドエンドに変わりはない。
つまり……バッドエンドだけが……三つから五つに増えた?
周回してバッドエンドばかりを網羅する……。そんな心が折れそうなゲームが、新しい恋愛シミュレーションゲームの王道にならないことを祈るぜ……。
それと、鵙美は……絶対ドSだ……。
ドSのドは、ドレッドノート戦艦級って事らしいぜ……。まあ、かんけーねーけど。
しかし……なんで三人目のキャラの分岐は作らないんだ? まだ作ってないだけなのだろうか?
あらたに増えたフラれるバッドエンドの部分だけを、ヘッドホンをかけ直して聞き返しながら、少し考えていた……。
告白してフラれるバッドエンド……。現実ではゲームみたいに、簡単に告白なんてするもんだろうか?……もしフラれたら、日常会話すら出来なくなるだろうに。それに、告白する前に、考えたり情報集めたら、わさわざそんな事をしなくても分かるはずだろうに。
要するに、もっと頭使えって言いたいんよ。俺は。
ハイバックチェアーを思いっきり後ろに逸らし、部屋の天井をボーっと眺める。
俺は……自分から告白なんかしないだろうなあ……。
告白したくても……出来ないんだろうなあ……。




