国内の愁い
「晴信様は館の奥深くで、どのような憂いにも接さぬよう守られておりました。ですがこれからは、今まで隠されていた事柄を、次々に聞かされる事になりましょう。詰め込まれ、租借しきれぬ事も出てくるかと思われますが、こぼれたものは私が示すように致しますので、あまり思い詰めたりなさいませぬよう」
言いながら自分の口の端を示した克頼が、目元をゆるめた。
「ついてございます」
餡の粒を取った晴信は、茶に口をつけて笑った。
「飲み込めなかったときの茶の役も、頼めるか」
「むろん」
穏やかな空気が漂う。克頼はそれを持続させることはせず、気を引きしめて進言した。
「人質や愛妾を帰す件ですが、お一人だけ、残しておいた方が良いと思われる方がございます」
どういうことだと目を細めて示した晴信に、克頼は軽く頭を下げて言葉を続けた。
「紀和の国との国境にある、村杉の里からの人質です。里長の村杉為則は、わが国から紀和の国へと民が逃げる手伝いをしているとの情報があります」
「父上の仕置きに堪えかねて、他国へ逃げようとする者を救っている里なら、なおさら人質を帰して誠意を示すべきだろう」
いいえと克頼は硬い表情で首を振った。
「他国に民を売り、この霧衣の国力を弱まらせ、紀和の国主である佐々道明の手引きをしようとしておるのです」
「民を売っている……?」
「ええ。紀和の国は流れ者を快く受け入れるという話を流布し、民が逃げたくなるよう仕向けています」
「それは、父上が非道を行うからだろう」
「佐々道明は、上質の瑠璃を採ることのできるこの国を、欲しております」
「村杉の里が紀和の国と隣り合っていたから、結果として紀和に人を逃がす形になっただけかもしれない」
「村杉は信用が置けません」
きっぱりと克頼が言い切った。
「他の者達は帰しているのに、村杉からの人質は帰さないというのは、おかしな話だろう」
「国の事を思えば、致し方ありません」
いくら言っても聞かぬ姿勢を貫く克頼に、晴信は困惑した。彼がそれほど頑なになるという事は、疑いの証拠となるような何かがあるからだろう。
けれど、と晴信は立ち上がった。
「晴信様?」
「村杉の人質と会う。言葉を交わし、どういう人物かを知りたい」
「欺かれる事も念頭に置かれての判断ですか」
「帰すも帰さないも、とりあえず会ってから決める。それだけだ」
克頼は、頭を深く下げる事で了承を示した。それに頷いた晴信は、克頼が発した次の言葉に絶句した。