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霧衣物語  作者: 水戸けい
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襲撃

『晴信様。貴方という人間を、同道する者や道中の民らにお見せなさいませ。人は親しみを持つ者のためであれば、希望を持って働く事が出来ます。辛い作業も大切に思う相手を思えば、心の苦しみは消えるもの。そして自分を開く者にしか、人は自分を見せぬものです』


 心なしか関係の解れたように見える克頼と隼人の姿に、晴信は頼もしさを覚えた。



 いよいよ村杉の里だと、晴信は細い林道にさしかかる手前の坂で気を引きしめた。克頼をちらりと見ると、頬のあたりにかすかな緊張が見て取れる。前を行く隼人は何も変わらぬ様子だった。村杉の里長が紀和の国主、佐々道明と通じ、霧衣を売ろうとしている事は、一行の誰にも伝えていない。彼らには先代国主、孝信の悪政を恨み、その息子もまた非道を行うのでは無いかと考えている者や、恨みを息子で晴らそうとする者が襲いかかってくるかもしれないから、油断をするなと伝えていた。村杉の里が近付いたからといって、彼らが緊張の度合いを増す理由は無かった。


 女駕籠に揺られている栄や茜は、どのような心持ちだろうかと、晴信は背中越しに思いを向けた。これから父親の悪行を暴こうとする彼女の立場と、父を追放する算段を整えていた時の自分が重なる。


 無事に何事も無く終わればいいと望んでいた晴信の願いは、林道の中ほどまで進んだ時に、打ち砕かれた。


 木々の間から、つぶてが飛んできた。すわ反乱かと緊張が走る。礫は左右から飛んでくるものの、投げている人の姿は見えない。どこだと周囲を見回す者たちの足が乱れた。


「上だ!」


 隼人が叫ぶと同時に、人が降って来た。槍を手にした者が突き上げるが、落ちてきた者は小太刀でそれを払いのけ、地に足を着けた。間合いが狭ければ槍は不利だ。すぐさま槍を捨て刀を抜く晴信ら一行と、襲いかかってきた者たちとの乱戦となった。


「この道で馬は不利だ」


 隼人の一言で、騎乗の者は全て下馬した。狭い道で五頭の馬を操りながら戦うのは、仲間を馬の足に引っ掛けてしまうおそれがあった。隼人は手早く懐に手を入れて、鉛球を敵方に投げつけ、仲間が刀を抜く間を作った。


「殺すな、殺さないでくれ!」


 晴信が号令をかける。襲われた場合は殺さずに塞ぎ、追い払うだけにしろと出立前に命じてあった。それを思い起こさせるための叫びだったが、敵方は弱腰からの発言と見て、勢いづいた。


「こっの! 調子に乗ってんじゃねぇえ」


 小笠義孝が吼えながら大刀を鞘のままで振り回し、敵を権勢する。三嶋信成は槍の柄を短く握り、棒術のように操って晴信を守った。


「克頼、晴信様を頼む」


 信成が晴信を逃せと示すが、克頼はそれに応じず敵を迎え撃った。


「克頼!」


 信成の焦れた声に、克頼が応える。


「林道の間に、どれほどの手勢が潜んでいるかわからぬところで、私と晴信様の二人を走らせるつもりか。進むならば、皆で行く」


 信成がニヤリとして構えなおした。


「ならば早々に追い払うとしよう」


 晴信を囲み、克頼、信成、隼人、義孝が円を作る。中心の晴信は手を出せぬ自分に苛立った。晴信が手を出したとなれば、それを先代の非道と結び付けられ、人々の鬱憤を煽られる可能性がある。それは大きな内紛を引き起こす火種として、この国を欲している者の好餌となるだろう。頼継から厳しく、手出しをしてはならないと言われている。その場はなるほどと承知をしたが、実際の場では心がざわつく。


「こらえてください」


 晴信の様子に気付いた克頼が、強く言った。


「俺らの力、信用しろって。茶を飲みながらノンビリしていても、いいぐらいのモンだぜ」


 隼人が軽口を叩いた。


「俺一人でも、十分なぐらいの相手よ!」


 太い声で義孝が叫ぶと、雄々しい体つきと自信に溢れた顔つきに、敵がひるんだ。


「自分の力量に胡坐を掻いていると、足元をすくわれかねんぞ」


 信成が義孝をからかった。


 頼もしい彼らのやり取りに、晴信は厳しい顔で微笑んだ。


「まかせた」


 その一言に、彼らは満足げな決意を漲らせ、口々に短く応えた。馬が騒ぎから逃れるように、道の端に固まっている。敵はみな、猟師のような格好をしていた。誰かが打たれては次の者が飛び出してくるという形で、晴信らの手が休まぬよう迫ってくる。

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