策
唐突な晴信の物言いに、克頼と栄が疑問を示した。
「俺は、俺を信用してほしいと民の前に出た。だが、里の者は対面し会話をしても、俺に疑心を持ったままだ。――なあ、克頼。どうすればお前は栄殿を信用できる」
「どう、と申されましても」
困惑気味に、克頼が栄と晴信を交互に見た。そこで、はたと思いつく。
「晴信様」
前にのめった克頼に、晴信は目を丸くした。
「この克頼、策を思いつきました」
「策?」
「栄姫殿にも、ご協力いただきたく存じます」
「私に出来る事でしたら」
底の見えぬ笑みを浮かべた克頼に、栄が頷く。
「真にこの国を思い、晴信様を国主と認められるのであれば、出来る事かと」
挑発的な克頼の言葉に、栄は面白そうに目を輝かせた。
「私を試そうというのですね」
「辛いと申されるのであれば、途中でお止めになられても結構です。が、その折はお覚悟なされますよう」
「おいおい、克頼。内容も告げずに、その言い方は無いんじゃないか」
「いいえ、晴信様。克頼様は、私を信じようとなさっておいでなのです。その為の言葉として、私は受け取りました。それを受けずして、信用をして欲しいなどとは申せませぬ。いかなる事であっても、助力いたします」
きっぱりと言い切った栄に、ひたりと克頼の目が据えられた。
「どのような事でも、なされますな」
「父を殺せと言われたとしても、民の安寧のためならば」
栄の言葉に、晴信は肝を冷やして克頼を見た。克頼は満足そうに栄を見たまま頷き、腰を上げた。
「館に戻りましょう。すぐさま打ち合わせをしなくては。後手となるまえに行動を起こすのです」
「克頼」
腕を引かれ立ち上がった晴信が、栄に案じ顔を向ける。栄は極上の笑みを返した。
「民を救うため、お父君を追放なされた晴信様ですもの。お覚悟を持って、私を上手に利用なさると考えております」
裂帛の気合を思わせる栄の瞳に覚悟を見つけ、晴信は唇を引き結んだ。
「紀和がこの国を攻める前に、戦を回避する手立てがあるんだな。克頼」
「こちらが先んじ、相手を引き寄せる事が出来れば」
「わかった。すぐに館に戻り、宿老と共に話を決めよう」
腹を据えた晴信が踵を返し、克頼を連れて廊下に出るのを、栄は手を着き頭を下げて見送った。
牟鍋頼継が声をかけ、小笠義元、三嶋兵部が集まり、晴信、克頼を交えて内々の会議が行われた。栄に届いた文の話と、村杉の里が紀和の国に民を逃がしているという話を、頼継の口から報告されると、義元と兵部は目を丸くした。
「そのような事、何ゆえ我らにお話くださらなかったのです」
「なるほど。そのために村杉の姫だけは、帰さずにおかれたのですな」
二人の反応を受け止め、晴信は背を伸ばして声を出す。
「栄殿の話では、村杉の助けを受けて紀和に出た民はひと所に集められ、牛や馬のように働かされているという事だ」
ちらりと晴信が頼継に目を向ければ、頼継は絵図を広げた。
「そのお話を伺い調べましたところ、事実である事が判明いたしました」
とん、と頼継が黒の碁石を絵図に置く。
「ここが村杉の里。そしてここが」
白い碁石が、紀和の国内に置かれた。
「村杉から紀和へ逃れた民の住まう集落。環境は劣悪。行商人に扮して集落に入ろうとした者は、村の囲いを守る者に、この中には物を買うような人間は住んでいないと言われたそうだ」
「なんと」
義元が声を上げ、兵部が眉をひそめた。




