密書
栄の言葉を受けて、晴信は文を開き面食らった。けげんに思った克頼が首を伸ばして目を落とす。
「これは、恋文……? 科代の箕輪高恒殿からか」
さっと差出人に目を向けた克頼の呟きに、晴信も目を動かした。
「私が残されているのは、孝信様の手がついたからでも、晴信様に求められているわけでもないと、科代には伝わっているのです。でなければ、そのような文が届くわけはございません」
「確かに。霧衣の国主であった孝信様や、現国主の晴信様に望まれているとされる姫に、他国の主が恋文を送るなど、以前より訳のある間柄でなくば有り得ぬでしょうな」
克頼の目が探るように栄を見た。
「箕輪様とは別に、紀和の佐々様からもお文をいただいております」
それに気付かぬ風を装って、栄は晴信に告げる。
「栄殿の美貌であれば、それも不思議では無いな」
うんうんと頷く晴信に、何をのんきなと克頼が声を低めた。
「つまりは、他国の者が平然と、ここまで来ているという事だとおわかりですか」
「行商人などは色々なところから入ってくる。他国の者が来ても不思議では無いだろう」
「町中であるならば、問題はございません。ですがここは町も里も遠い、先代の隠れ家に近い休み処。行商人が気軽に来るような場所ではございません」
「行商人に化けた何者かが、こっそりと集まり晴信様のお命を狙うという事も考えられます」
克頼の言葉を受けての栄の発言に、晴信は目を丸くした。克頼は、その通りですと肯首する。
「それを、この文を見せる事によって、俺に知らせようと思われたのか」
「それもございますが、文末をご覧下さい」
晴信と克頼は文に目をもどし、さっと読んだ克頼が顔色を変えた。
「これは……」
晴信が克頼に問う目を向ける。
「紀和の佐々様は、霧衣を攻めるおつもりです」
克頼が、声を硬くして答えた。栄が膝を進めて、二人に顔を寄せる。
「この文はその証拠となると、克頼様も気付かれましたか」
栄の言葉に、克頼が深く頷き晴信に説明した。
「ここをご覧下さい。いずれ姫は紀和の宝玉として、瑠璃と共に我が元へ嫁がれる事になりましょう、と書いてあります。栄姫殿が紀和の宝玉になるという事は、紀和の国に村杉が属すると読め、瑠璃と共に我が元へという部分は、霧衣の瑠璃を持参金とするという意味と受け取れます。ですが、村杉の里や紀和の国が、持参金として十分な量の瑠璃を用意できるはずがない」
「つまり、紀和は近いうちに霧衣を掌中に収めるつもりであるという事。父は霧衣を捨て、紀和に属する証として、私を紀和に送る気でいると、箕輪様はおっしゃられているのです」
克頼の言葉を栄が継ぎ、侍女にもう一通の文を出すよう命じた。
「こちらは、紀和の佐々様からの文です。ご覧下さい。いつ私を迎えても良いように、色々の準備は整えてある、と書いてございます。いずれは、私を養女にすると」
「なるほど」
克頼の目が明晰な色を浮かべた。
「紀和の佐々様は栄姫殿を養女とし、自分の娘として科代の箕輪様の元へ、同盟のための輿入れをさせる算段を整えているのですね」
「そう見て間違いは無いでしょう。村杉の里から、こちらに何か働きかけがあると思います。その時は、すぐにお伝えいたします。村杉の里にも、物見の者を送られておられるのでしょう? 物見の方から何か連絡があれば、私にもお知らせ願いたく存じます」
ふうむと晴信が口元に手を当て、考え込んだ。克頼が鋭く栄を見る。それを受け、わかりますと栄が応えた。
「私を通じ、村杉の里や紀和の佐々様へ情報が流れる事を、克頼様はご案じなされておられるのですね」
「信用をするに足るものが、ございませんので」
慇懃に頭を下げる克頼の姿に、晴信はふと目を上げた。
「まるで、俺と民のようだな」
「え」
「何の事です?」




