呼び出し
「そんなに笑うような事を、俺はしたか?」
「いえ」
克頼は晴信の思想を記した紙を丁寧に折り、手文庫にもどした。
「晴信様のお気持ち、しかと理解いたしました」
「そうか」
ほっと晴信が息を吐く。
「それでな、克頼」
顔色を伺うような晴信に、何か無茶を言われるらしいと察して、克頼は眉をひそめた。
「栄殿の所に、これから出向こうと考えているのだが」
「それは、相談ですか」
「いや、違う。これから行くから、共に来てほしいんだ」
「ならば、そのように申されれば良いではありませんか。何故、伺うようにおっしゃられたのです」
「それは……克頼が、反対をするのではと思ったからだ」
克頼はやれやれと気配で示した。その気配のやわらかさに、許されていると晴信は感じた。
「栄殿から使いが来て、是非にも見せたいものがあると言われたんだ。何かはわからないが、克頼もいてくれると助かる」
「私が栄姫殿を信用していないと、御承知ですね」
「わかっている。栄殿をあの館に残している事を、不審に思っている者がいるという事も把握している。だから、共に行こうと言っているんだ」
「それを理解なされての行動であれば、何も申しません」
「ありがとう、克頼」
ほっとした晴信に、克頼は鋭い目を向けた。
「それで。いつ向かわれるのですか」
「今すぐにだ」
「は?」
すっくと晴信が立ち上がった。
「栄殿は一刻も早く、俺に見せたいと申されている。迎える用意はしてあるので、いつでもかまわぬと」
「どういう類のものかは、聞いておられるのですか」
「国に関する、一大事だそうだ」
「何故、そのような事を栄姫殿が……」
克頼は、何かに思い当たった顔で言葉を切った。
「とにかく、行けばわかるさ」
「わかりました。すぐに出立の準備をいたしましょう」
克頼は父の頼継にこの事を伝え、十人ほど警護の者を用意して、晴信と共に栄の所へ出立した。
「ずいぶんと物々しいお越しですわね」
現れた栄は、克頼にちらりと目を向け嫌味を言ってから、腰を下ろした。藤色の小袖に萌黄の袴を身につけた彼女の肌は、雪よりも白く見えた。血色の良い唇が愛らしく、見るものを魅了せずにはおれぬ美しさであったが、克頼はうっすらと口の端に皮肉な笑みを浮かべただけだった。
「こちらに、どこの者かは知りませんが、見慣れぬ者が出入りしていると聞いておりましたので。万が一にも何事かの間違いが起こらぬよう、配慮をしただけのこと」
克頼の通った鼻筋は、切れ長の瞳と薄く形の良い唇を絶妙な均整で繋げている。幼き頃から美童の呼び声高い克頼の冷ややかな笑みに、栄の傍にいた侍女が惚けた。美貌の持ち主が鋭い笑みを向け合う横で、晴信は片頬をひきつらせる。
「そうそう。その、出入りしている者が運んできた、文の事でお話があるのです」
気配を和ませた栄が、侍女に手のひらを見せる。我に返った侍女が、うやうやしく一通の文を栄の手に乗せた。栄がそれを差し出すと、克頼が受け取り宛名を改め、晴信に渡した。
「読んでもかまわないか」
「その為に、お渡ししたのです」




