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霧衣物語  作者: 水戸けい
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頼もしき

「民の反乱を警戒してんのに、素直に聞き入れてくれるはずが無いだろ? ましてや俺は、人質とは名ばかりの、奴隷みたいに扱われていた人間だぜ。それが、お館様の役に立ちたいですって言いに来て、信用されると思うか」


 克頼がむっつりとする。


「だろう?」


 隼人が重ねて同意を求めれば、克頼は顔を背けた。


「ま。アンタの親父さんは、俺の話を聞いてくれたけどな」


 背けた顔を、克頼は勢いよく戻した。目を見張る克頼に、隼人が得意げに歯を見せる。


「それで、どうして隼人は俺を手伝おうと思ってくれたんだ」


 二人の様子を見ながら、晴信が問う。


「お館様は、親父の言葉を覚えているよな」


「この国の民は皆、俺の子であり、親である」


 すぐに答えた晴信に、隼人が破顔した。


「だからだよ。このまんまじゃ、霧衣はヤバイ。だけど、その言葉を素直に受け止めたお館様なら、なんとか出来るんじゃないかと思ってさ」


「そうか」


「そうそう。てなわけで、次から巡察に行く時は、俺をまず使者として送ってから、出かけるようにしてみろよ。役に立つと思うぜ? 俺は」


「売り込みは、無事にこの場をしのげた後にしろ」


 克頼が鼻を鳴らした。


「大丈夫だって。佐衛門も、俺の事を覚えているはずだから」


「はず、というのが不安だな」


「克頼。今は、隼人を信じるしか無いだろう」


「そうそう。俺を信じるしか無いだろう。克頼」


「貴様に呼び捨てにされるいわれは無い」


「おお、怖」


 刃を向けられている事を気にせぬ、彼らの気楽なやりとりに、男たちが戸惑う。


「アンタ、本当にあの孝信様を追い出したってぇ息子か」


 おそるおそる鍬を持った男が問うた。


「ああ。俺が、父上を茅野の今村殿の所に追いやった、息子の晴信だ」


 胸をそらす晴信に、男たちが妙な顔をする。


「不安なら、俺に縄をかけておくといい。……ああ、そうだ。そのほうが皆も安心するだろう。縄をかけてくれないか」


 自ら捕らわれる事を望む晴信に、男たちはますます困惑した。


「晴信様。何を考えておられるのですか」


「克頼も縛ってもらえ。そのほうが、彼らも安心するだろう。父の非道を受けた者なら、この後どのような報復をされるかと、気が気では無いだろうからな。安心できるまで縛られておいたほうが、いいとは思わないか」


 晴信の言葉に、隼人が手を叩いて笑った。


「そいつはいいや! なあ、聞いたか、アンタら。お館様が、心配だったら自分たちを縛っておけって言ってんぞ」


 それをあざけりと受け取った男が、こめかみをひくつかせた。


「ふざけやがって!」


 鋤を持った男が怒鳴り、晴信に向けて振りかぶった。鋭く目を光らせた隼人が、鎌の刃をくぐって鋤を持つ男と晴信の間に入る。


「俺らを痛めつけるのは、佐衛門と話をしてからにしてくれ」


 隼人のすばやい動きに、全員が目を見張る。鋤を持った男は舌打ちをして、後ろに引いた。それに納得をした隼人が座りなおす。


「すまなかったな。逃げるようなまねをして」


 刃を向けろと自分の首を示す隼人に、男たちが畏怖に似たものを浮かべて、里を振り返った。どの顔も、佐衛門が早く来る事を望んでいた。

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