届かぬ声
「十分に、この里の調査はしてあるんだろう?」
「反乱を起こすような気配は無かったと聞いておりますが、何が起こるかわかりませんので」
孝信がどの里で、どのような非道を行ったのかという、細かな事は克頼も知らなかった。それを調べ、里の者たちの恨みの度合いを量ってからと言ったのだが、晴信はそれを聞き入れなかった。どうせ全ての里を回るつもりだからかまわないと、馬上の人となって門を出てしまったのだ。
後をつける人間を用意するとか、里の周囲に人を配しておくというような細工を行う猶予も無く、さっさと出てしまった晴信を追うようにして出てきた克頼は、許可を出した父の頼継が、何らかの手を打っているものと考えた。だが、それをあてにする気は、さらさら無かった。周囲に目を配りながら、不穏な気配が無いかと探りつつ馬を進める。
「見えてきたな」
前方に見える里に、変わった様子は無かった。晴信が軽く馬の速度を上げる。
「晴信様」
「大丈夫だ、克頼」
あわてて自分の馬の速度も上げた克頼は、道に違和感を覚えた。
「晴信様っ!」
違和感が何かわからぬままに、克頼が叫ぶ。その声に反応するかのように、人が道の両脇から湧いた。道に投げられた何かが光りを反射し、驚いた晴信の馬がいななき棹立ちとなった。
「うわっ」
振り落とされまいと、晴信が馬の首にしがみつく。克頼は馬を晴信の後ろにつけて、彼の腰に腕を回した。晴信は馬から手を離し、克頼に引かれるにまかせた。晴信の手から手綱が離れると、馬は軽く駆けて遠ざかった。
「おぉおおおっ!」
農具を持った男たちが、二人に迫る。
「ごめんっ」
「わわっ」
克頼は馬の腹を滑らせるように晴信を落とし、自分も馬から飛び降り、馬の尻を叩いた。克頼の馬が晴信の馬を追う。
馬を失った二人に、じりじりと狂気の目をした民が迫った。克頼が刀に手をかける。起き上がった晴信は、その手に手を重ねて首を振った。
「晴信様」
大丈夫だと示すように、晴信が頷く。克頼は晴信と民を見比べ、迷った。
「お前たちは、賊か。それともこの先の里の者か」
晴信は両手を広げて、危害を加えるつもりは無いと示した。
「俺は竹井田晴信。この霧衣の国主となった者だ。お前たちが沼諏の里の者だというのなら、案内を願いたい」
男たちは聞こえていないように、殺気だったままで農具を構えて迫り来る。
「晴信様」
「だめだ、克頼」
「しかし」
「俺は父上とは違う。ここで斬ってしまっては、話し合いなど出来なくなる」
「ですが」
「いいから!」
晴信の声が高くなった。それを合図として、男たちが襲いかかる。
「くっ」
鞘ごと腰から抜いた克頼が、討ちかかってきた鍬を受け止め、はじいた。体勢をくずした男の腹を蹴り、別の男が振りかざした鎌を叩き落とす。
「聞いてくれ! 俺は、皆と話がしたい」
晴信は突いてきた鋤をかわし、薙ごうとする鎌を後方に飛んで避けた。
「争うつもりはない! 頼む。会話をしたいんだ」
「晴信様!」
克頼が鋭く叫ぶ。晴信の額に石が当たった。
「うっ」
晴信は石の飛んできた方向に顔を向け、震えながら振りかぶる子どもを見た。強い憎しみを浮かべる子どもの手から石が飛ぶ。子どもの憎悪に引きつけられて、動きを止めた晴信を狙い、鍬が唸った。
「晴信様!」
克頼が腰を落として地を蹴り飛んだ。
「ダメだ、克頼!」




