割り切れぬこと
「文の返事をすみやかにお書きください。お父君をお引き受けいただいた礼品の手配は、出来ております」
晴信は、うらめしげに克頼を横目でにらんだ。
「克頼は、何も思わないのか」
「晴信様は、ご決断なされたのでしょう」
軋む音がするほど歯を食いしばった晴信は、文を克頼に投げつけた。
「克頼は、主君であった父上のことを、少しも思わないのか!」
「それとこれとは、別の話。孝信様は民の心をないがしろになされた。国を守るために、我らはおります。国を滅ぼす国主を、そのままにしてはおけません」
くやしげに震えた晴信は荒々しく立ち上がり、克頼に背を向けた。
「文を書いた後、晴信様が国主となられたことを、内外に示さねばなりません。そうしてすみやかに、この国の建て直しを。でなければ、紀和や科代など、隣国がこの国を切り取りに参ります」
「……わかっている」
やるせない気持ちをそのまま音にした晴信は、がくりと膝を着いた。
「わかっているが、気持ちの整理がつかないんだ」
「晴信様」
肩で大きく息を吐いた晴信は、肩越しに克頼へ顔を向けた。
「父親を追放した男が、この国を守れると思うか」
「民の声を聞き、それを受け入れて実行なされた晴信様だからこそ、この国を守れるのです」
きっぱりと言い切った克頼に、いささかの迷いも無いことを見取り、晴信は苦笑した。
「強いな。克頼は」
克頼が小さく頭を振った。
「晴信様ほどではございません」
「嫌味か?」
「本心です」
くすりと鼻を鳴らした晴信が元の場に座し、克頼は彼が投げた文を差し出した。
「誰もが、晴信様にこの国の先を託そうと思っております」
「重いな」
「ええ。ですが、私がおります」
きりりと眉をそびやかす克頼に、晴信は小さな笑みを浮かべた。
「頼りにしている」
克頼は静かに頭を下げた。
寝床の中で、晴信は父を追放するまでの事を意識でなぞっていた。
晴信の姿を見つけ、父の所業を訴えてくる里の者たちの姿が脳裏に浮かぶ。
克頼が父の頼継に、晴信が孝信の非道を知ったと伝えると、頼継をはじめとした重臣らが、この国の民を大切と思うなら孝信を廃し、国主になるしかないと勧めてきた。