視察
「私も、誤る事が無いとは申せません。手が足りなくなる事も出てくるでしょう。口惜しいですが、考えの及ばぬ部分もございます」
「克頼でも、そんなふうに感じる事があるのだな」
「申しわけございません」
「何を謝る。俺はむしろ安心したぞ。克頼も、俺より少し年が上なだけの、普通の人間なんだなぁ、とな」
親しみと信頼のこもった笑みに、克頼は片目をすがめた。
「私を、何とお思いでしたか」
「何でも出来る、妖怪のような男だと思っていたぞ」
「よ……」
克頼が言葉を失う。朗らかな声を立てて、晴信は馬を軽く駆けさせた。
「目的の里は、もうすぐだろう? 早く行くぞ、克頼」
楽しげに駆ける背中を、克頼はまぶしく見つめた。
「ようこそ、お越し下さいました」
里に着けば、晴信は手厚くもてなされた。ここは蘇芳の館から近く、幾度か足を運んだ事もある。ここならば安心できると、克頼は晴信の巡察の場をこの里に決めたのだった。里長の屋敷に通された晴信は、茶を運んできた初老の女に目を止めた。
「ああ」
「覚えておいでくださいましたか」
女ではなく、里長が晴信の声に応える。初老の女は手を着き、頭を下げた。
「父上の事を訴えてくれた者だろう。……父が、すまないことをした。謝って済む事ではないが、俺にはまだ、そうする事しか出来ないんだ」
初老の女に声をかければ、女は「いいえ」と言って喉を詰まらせ、涙をぬぐいながら部屋を出た。晴信はそれを痛ましそうに見送る。
「晴信様」
里長が膝を進めた。克頼が警戒を示す。
「晴信様に出来ることは、この国の未来を作る事です」
「未来――?」
「お父君、孝信様がなされた事を、我らは恨んでおります。恨んでおるからこそ、晴信様に訴えました。その私らが、どうして晴信様に危害をくわえましょう」
里長が横目で克頼を見る。
「克頼」
晴信の声に、克頼は渋々気配をゆるめた。
「あの者の息子は、もう帰っては来ません。ですが、あの者は生きております。老い先短い者が、安心してあの世に行けるよう、孝行をする気持ちで国を導いてください」
「孝行をする気持ちで……」
深く頭を下げた里長の白い髪と、シワだらけで血管の浮いた、皮の厚い手を晴信は見た。よく日に焼けた手肌は、労働者のそれだということくらい、館の中で育った晴信とて知っている。
「国主は子であり、親でもあるのです。この国の民は皆、晴信様の子であり、親であるとお思いください。私ごときと比べるのも失礼な話ですが、私はそう思いながら里を導いてまいりました。これは代々、受け継がれてきた言葉です。私の息子にも、常々言い聞かせております」
里長の後ろに控えている、精悍な青年が頭を下げた。
「どうぞ、そのお気持ちを忘れずに。荒れた国内を治め、導いてくださいますよう」
里長の言葉に合わせ、座にいる者が平伏した。晴信の心がわななく。圧倒されまいと腹に力を込めた晴信は、茶と共に出された団子に手を伸ばし、かじった。ふわりとした甘さに心が和む。
「この団子は、先ほどの者が作ったのか」
「――は? はあ、そうですが」




