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部誌の足跡  作者: 春夜
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真夏の迷子

 陽射しが私のことを容赦なく追いかける。そこから逃げるように私は近くの葉が青青と生い茂る木の影に入り石畳を踏んだ。後ろには私と同じようなことをする友人がついてくる。二人共拭いても拭いても流れてくる汗を拭いきれていなかった。私がこの友人を誘ったのだが、よく付き合ってくれたものだ。この暑い時期にわざわざ歩くためだけを目的に外出する者は少ない。

 うるさい蝉の声を聞きながら、会話も少なく緩やかな階段を登る。少し開けた場所に出た。それでも相変わらず木の葉達が私達を守ってくれている。色が落ち読みにくくなった案内板にはここが砲台跡であることが書いてあった。確かに舞台のような一メートルほど高くなった場所に丸い線が残っている。周りの壁には一部レンガが見える。しかしそれは外側に薄く塗られていたコンクリートが風化によって剥がれ内側のレンガが見えてしまっただけのようだった。よく見ると観光客によるレンガへの落書きが確認でき、呆れのため息が出た。ふと足元を見るとダンゴムシを一匹二匹見つけることができた。踏まないように気をつけないといけない。そんなことを話しながら私達は先へ進む。

 海岸に出た。この暑い中、沢山の人が水を浴びて楽しそうにしている。今日は泳ぐ目的でここに訪れたわけではないので私も友人も泳ぐための道具は何一つ持ってきていなかった。この海岸は砂が少ないようで、岩場もある。水辺から離れれば山の端の木々のお陰で日陰も多くできている。その場所でバーベキューをしているグループが幾つか見られる。とても美味しそうな匂いだ。だが生憎こちらの準備もしていない。楽しそうな人々を横目に私達も休もうと日陰に入った。

 日向とは気温が五度くらい違うのではと思うほど海辺の日陰は涼しい。汗の量がだいぶ落ち着いてきた頃、この陰に新しい客が来た。まんまるの白と黄土が混ざった猫だった。猫も同じことを考えているようだ。猫好きの私は猫の前にしゃがんだ。すると猫は黙ってすり寄ってきた。本当によく肥えた猫だ。きっとここに来た観光客に食べ物をたくさんもらっているのだろう。しかし生憎今は何も持ってきていなかった。あるのは酔い止め代わりののど飴くらいだろうか。私はしばらく猫を撫でていたが、友人に早く行こうと急かされたので猫を置いたままその場所を後にした。

 再び木が生い茂る山の中に入ってきた。さっきとはまた違う道だ。途中十メートルもないほど小さいトンネルを通ったが、中には明かりがほとんどなかったおかげで足元は外の明かりだけを頼りに歩いた。光が当たっている壁を見るとまた落書きがしてあった。誰かの名前なんかが多かった。

 車が通れそうなほどの道に出た。と言っても道は葉や苔で半分くらい隠れてしまっている。一歩先を歩いていた友人が驚きの声を上げた。つられて私も友人の目線の先を見る。トンネルだった。大きい。高さはどのくらいだろうか。大型トラックも入れそうだ。しかし何よりも長かった。中に明かりがなく真っ暗なため、正確な距離は分からないが、百メートル、いや二百メートルだろうか。向こう側の光が遠く小さい。私はこのトンネルになぜか心奪われた。ここらへんの建造物はかなり古いものが多いが、このトンネルはいつ作られたものだろうか。これも古いものなら当時はかなりの大工事だっただろう。いや、最近になって作られていても大工事だ。とにかく私はこのトンネルに魅了されてしまったのだ。

 友人も驚きながら写真を撮ったり、近くへ寄ったりしている。しかし中へ足を踏み入れようとはしなかった。単純に怖いのだろう。

 向こう側に行ってみたいと思った。それを友人に伝えて歩き出すと止められた。しかし、私はそれを無視し見てくるだけだ、と中に入った。

 一歩、二歩と、数歩進んだだけでもう真っ暗だった。後ろから友人が私に呼びかける声が聞こえたが、振り向きもしないまま適当に応えた。声の反響がさらに反響してどこから声がするのかわからない。

 歩く。歩く。暗い、暗い。段々まっすぐ歩いているのかどうかも、そもそもちゃんと地に足を着け歩いているのかどうかさえわからなくなってくる。まばたきをしても、しなくても変わらないように思えてくる、する必要がないように思えてくる。手を見ても体を見ても、すべてが闇と一体化してあるはずなのにないような不思議な感覚だ。とても涼しいこともあって、まるで宇宙にいるかのような気分になった。

 ひたすら振り向きもせず光に向かって歩く。長い。長い。もう一キロ以上も歩いているような気さえする。

 やっと向こう側の景色が見えてきた。向こう側も緑だった。

 ついに太陽の下に出た。距離は短かったはずなのにとても疲れていた。思っていた通りこちら側もたくさんの木で囲まれていた。同じような景色だった。

 しかし、何か違和感がある。ずっとトンネルの真っ暗な冷たい空間にいたから感覚が多少狂ってしまったのだろうか。空気の重みが違うというか、うっすらと何かの臭いが漂ってきているような、そもそもさっきはこんなに雲が出ていなかったような。友人にはすぐ戻ると言ったが、少しだけ散策しよう。

 丁度少し先に人影が見えた。声をかける気は全くなかったが、なんとなくその人の後を追いかけるような形で足を進めた。

 しかしすぐにその人の違和感に気がついた。少なくとも現代の人ではなかった。服装がかなり古い時代のものだ。

 私は嫌な予感がして元来た道を振り返った。しかしそこにはトンネルなどなく、ただの切り立った崖が私のことを見下ろすかのようにそびえ立っているだけだった。

in観音崎

神奈川にある観音崎という実在する場所がモデルです。海岸も砲台跡もレンガの落書きもあります。猫もいます。当然ラストのトンネルも、正常な形であります。過去に飛んだりしません。あ、実際には立ち入り禁止と書いてあるので絶対に入らないでくださいね。

私は友人とではなく親と車でいったのですが、あのトンネルを見たときにこの話を思いつき、母と話しながら内容を膨らませました。個人的にはうまく書けたと思ってます。はい。自画自賛失礼しました(笑)

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