sono7 がーる みーつ げいじゅつ
彼女は次の日もこっそりとやって来た。
周りに知られてはならない逢瀬。いつの日にかその背徳感が彼女を蝕むだろう。
「来たわよ。アル」
「ん…。あーおはようジャネット。」
「アル、今はもう昼よ?」
「時差ボケというか降臨ボケというのかな。いまいちよく起きれないんだ。」
「それなら仕方ないわね。」
僕は低血圧ではあるし、確かに最近降りてきたばかりだけれど、昼過ぎまで寝るなんてことは無い。
ちょっとしたお茶目アピールだ。
「所で、ご飯は食べたかしら? …そんなわけないわよね起きたばかりなんだから。」
「そうだね。それに前も言ったけれど僕は何も食べないんだ。」
「…それ本当だったの?
天竜って変わっているわね。」
訂正するところは2つもある。
まず、変わっているどころか普通そんな動物はありえない事。
そして他にも天竜じゃなくて僕自信の特殊事情である事。
まあ、敢えて言わないけれど。
「どうやら神様が何も食べなくていいように僕達をしてくれたらしいよ。」
都合の良い勘違いは増長しよう。
なまじ僕が肉も植物も食べないという事は本当だからね。
そして言外に僕達こそが神に選ばれし竜だと伝える。
実際は魂を貪る訳で、手前の口では飯食わぬが後ろの口では人を食う二口女の様なものだけれど。
彼女はどうやら二匹で遊びに行こうとして狩りを誘いに来たようだ。
でも僕は無駄な殺生を好まない設定にしておこうかなと思う。
だから代わりに―――――――――――――――
「それよりこの洞窟を見てよ。壁画や彫刻をどう思う?」
「凄く、壮大ね。」
今日はお家デート的な形にしようと思う。
所詮は幼い仔竜の僕に押し負ける程度の魂しか食していないから、
チートではあってもスーパーチートなレベルではない。
そして昨日彼女が去った後仕掛けを施した。
「もしかして、この壁画は戦役のものかしら。」
「そうだよ。ここにいるのが色ボケな曽祖父さん。
そしてこちらの竜がベリアル殿だ。あくまでこれらの絵画はイメージだけどね。」
「曽祖父様…。」
自分の知らない曽祖父をカッコよく描かれて気持ちが持ち上がったところに、
言葉よりも伝わりやすい絵による僕の望む方向への印象操作。
何処かの漫画家が難民しようとする絵を描いたけれど、
それは幾多の文章よりも雄弁に物事を語っただろう? それと同じさ。
仕掛けは他にも幾つも施したけれど、効果を生むのは明日になるはずだ。
取り敢えず今日は僕が引き籠りで争いごとを生まない印象を強めておこう。
「狩りより芸術の方が楽しいと思うけれど、何も食べないのに何かを殺す必要もないしね。
それに芸術も楽しいよ。自分の住処でやれるし。…ジャネットもどうかな?」
そこで君は「竜なのに狩りが嫌いなんて変わっているわね。」という。きっとね。
「竜なのに狩りが嫌いなんて変わっているわね。」
計画通り。
そうやって今までに見たことない異性の印象を強く出していく。
「そうね、せっかくだし私もやってみようかしら。
で、どうやるの?」
「そこの氷の壁は柔らかく固めたばかりだから爪でも削れるよ。
出来上がったらもっと固めるね。」
「こう、かしら。ちょっと冷たいけれど面白いわね。」
難易度が低い方が敷居は低い。
そして最初に作った物がずっとここに残っていて目に見える印象的な思い出になる。
もう少し仲良くなって彼女の技術も向上したら、昔の作品をからかっても良いかもしれない。
そして彼女は僕の予想以上に壁削りに嵌ってしまっていた。随分暗くなってしまったけれど。
驚いたことに彼女は僕の様な後付けの才能では無くて天然でありながら最初の作品で壮大な戦役画を描き上げたのだ。
たったこれだけの時間で。途中からは氷の粉を風で飛ばしながら描き上げていた。恐れ入る。
ピカソの才能に父親が筆を折る気持ちもわかるよ。
「驚いた。上手だね。」
「そう? ありがとー。」
疲れもあってか少しフランクな彼女の口調は僕に少しずつ心を許しているととってもいいのかもしれない。
「でも今日は遅いし、また明日ね。」
「そうね。また明日。」
また明日。定型で使われるほどの気軽さで次の約束を取り付ける恐ろしい言葉だ。
そして彼女が去った後、その壁画に仕掛けを施す。
そして明日の計画にもそれを使おうとまで考えてそれは却下することにした。
彼女が描き上げたこの壁画は失うには惜しいと思ってしまったからだ。