sono6 ぼーい みーつ かもねぎ
これで彼女は僕を裏切らない。
僕も彼女を裏切れなくなるけれど仕方がない。
僕だけはこの契約の裏側を知っている。
あくまで彼女の為という想像を浮かべていればその結果がなんであれ契約はそれを許容する。
例えば―――――僕の方が彼女を幸せにできるからアレの子孫には渡さない!! とかね。
僕の事を腹黒いと思うかも知れない。
見た目は真っ白なのに中身は真っ黒だって。
でも、僕の一族が再びこの地で生き残るためには仕方がない。
人間だって育ての親を殺してでも一族の復興・興隆を選んだ者もいる。
異界の日本という国の戦国時代という時代はそれも普通だったと聞く。
アルゼンチンという国では反対派の妊婦を子供を産み次第殺して、
産まれた子供には優しく教育したという。
それも限定された範囲だけにでも慈悲を与える為だ。
僕は僕の一族に対する真なる愛情の為に、
彼女への偽りの愛情を造り出そう。相手を騙し世界を騙す前に己を騙せ。
せめていつかそれが本物に変わる事を願って。
仮面が顔から剥がれなくなる時までこの仮面をかぶり続けようと思う。
「ねえジャネット、時折僕のところに遊びに来てよ。
僕はこの通り出歩くと命が危ないからさ。」
さりげなく愛称を使う事で特別さを醸し出していく。
契約が何とかしてくれるのは最低ラインだけだ。それ以上は自分たちで積み上げる必要がある。
そこを怠ると契約破棄だってありうる。
「ええ、だって私達は友達でしょう。アル。」
うん、夫でも婚約者でもなく只の友達だよ。…今はという但し書きが付くけれど、ね。
「ありがとう。それとジャネットの家族にもそれとなく天竜に対する事を聞いてみてよ。
もしかしたらジャネットの家族だけはちゃんと知ってるかもしれないから。」
「まかせて。」
彼女を誘導してその背後も動かす。
ただ問題はある。せっかく悪評にまみれた汚名が神竜に連なる一族に変わるというチャンスを前に、
それを損なう可能性を彼女の一族が許容するか?
それは難しいと考えている。
最初こそベリアルの意思を継いで正しくあろうとしていても、
その悪評に晒され続ければそこから逃れられる方法を考えるようになる。
虐められっこが進学や転校をした時に虐めに加担する側に積極的に関わるのと同じだ。
だから、
「あっ、ジャネットのご両親はもしかしたら詳しい事を知らされていないかもしれないから、
混乱しちゃうかもしれない。
最初はご年配の方に聞いてね。じゃあ、帰りは気を付けてね。未来の王妃様。」
「ええ。さようなら。」
彼女を見送った後、僕は大きく目標への一歩の方向性を変えてしまったことに恐ろしくはなった。
そして自分の資質がその方向にこそ向いていることに驚いて、
彼女がそれに絶好の材料であることに感謝した。
要するに古くなって価値観を変えにくくなった老竜で、
その権力故に逆らうものも無く古い価値観を捨てないことを許容されてきた者達を最初に抱き込む。
そしてその権力者達から現在の実権を握る者達を操る。
浅井長政の父親を使った朝倉家のやり方に三好家のやり方をブレンドしたと言えば、
異国のヒトの世の歴史好きには解るだろう。
傀儡師を傀儡する手法だ。
こういうのは昔の損害を引きずり、一族内の意見を統一しきれないところでこそ有効だ。
だから僕達は身内にさえ盟約を強制する。絶対遵守の誓いの掟だ。
そういうところを前面に出さず、あくまで僕が自分の命が不安だという事で覆いこんだ情報を伝える。
こうしている間にも、彼女との友情を彼女の両親に引き裂かれたくないという意思を片隅に置いておく。
最初は、曽祖父の命令なんてそれこそ努力する意思だけ頭の片隅で回してのんびりとこの地の洞穴で揺蕩む時を過ごすつもりだった。
だけれどジャネット君がいけないんだ。
君の様な勝利を狙えるカードがネギを背負って居合切りが得意なカモの様にやってくるから。
だから僕は鬼のような雀を交換するように当初の目的を交換したくなってしまった。
いや、それは言い訳だ。
結局は大人しく慎ましく暮らすつもりであっても、僕も曽祖父の血を継いでいたという事だ。