sono2 ぼーい みーつ あくひょう
……天竜種が絶滅したとは酷い。僕も家族もちゃんと生きている。
といっても天竜種が色々と事情があって他の生き物から、そして竜達からも姿を隠して久しい。
まあ、成層圏の上で普通に生きているんだけれど。
熱圏と言われる場所で温度とか光とか大気とか色々操って、
時折遥か下を飛ぶ他の空を飛ぶものを食べて生きている。
「確かに天竜種だけれど絶滅もしてないし、そもそも竜が自分の巣にいて何か問題が?」
「えっ、その…問題はないけれど、でも、貴方…天竜種でしょ?」
何その竜種差別。
そう言いたいけれどそれも仕方ないので言い返せない理由もある。
差別とは往々にしてきちんとした裏付けに基づいた経験則なのである。
「そうだね。竜を喰らう竜。恐ろしい天竜種の仔竜だよ。」
「ひっ、…いえ、だったらこのジャンヌ・フォン・ベルフォルがお相手致しますわ。」
フォン…つまり貴級竜種か。
上級竜種が多くのカテゴリーとして占める貴級竜種は得てして強力なものが多い。
何故ならそのフォンという言葉は広き土地の支配を意味する。
フォン・ベルフォルなら現在、もしくは過去にベルフォルを支配していた領主竜。
竜種にとっては力こそ全てであり、弱き者が強き事を名乗れば叩き潰されるために、
そのフォンの名乗りには絶対の自信とその裏付けとなる力がある。
よってその名乗りは勝利宣言にも等しい。
―――――――――――――――――――相手が王種と呼ばれたこの僕達でなければ。
今は空の高みにいるが故に領地と呼べるものは無いが、
嘗ての僕達の種の旧姓はケーニッヒドラッヘ。つまり竜の王であった。
といっても全ての土地を支配するという意味で性を敢えて呼ばないことの方が多かった。
震えながらも竜種の、そして世界の平和の為に伝説の悪竜を斃そうというその気概は素晴らしい。
素晴らしすぎて思わず、相手がまだ幼い仔竜に本気で挑みかかっているという事実も不問と付してしまう。
まあ、どっちみち相手も仔竜だから別にいいか。何れにせよその勇気に敬意を表してこちらも名乗りを上げよう。
「僕の名はアルベリッヒ。竜の王アルベリッヒだ。」
竜の王。その名を名乗るのには最強を証明される一族たる存在でなければ許されない。
だがその条件は既に満たしてある。少なくとも僕の中では。
それでもお嬢さんには違ったようだ。
「っ!! 神竜陛下を差し置いてよく王を名乗ったわね。」
神竜? 竜でありながら政治で勝利を勝ち取ったアレの一族?
そんなものが神を名乗る事こそ烏滸がましい。
「美しい谷を統べし竜の仔よ、
そなたらの様な竜種の危機を食い止めし栄光ある一族があのような俗物に忠誠を誓っているのか。」
「随分とお詳しいこと。正直褒められると気分はいいし、幼い割にその知識に関心はするけれど、
だからと言って先程の傲慢な言葉を呑み込ませるとは思わない事ね。」
彼女の名乗った性に関しては母より聞いてある。
彼女の名乗りに間違いが無ければ、まあ、目の前の彼女が嘘をつくようには見えないし、
部外者が好んで使う性にも思えないから間違いなどないだろうが。
彼女は平和を愛しながらも自ら守護するヒトの子らの国の暴虐を食い止め、
彼らから裏切り者の邪竜の刻印を押されつつも悲しみと悔しさと遣り切れなさを呑み込んで、
その息を吐いた老いた英雄竜ベリアルの一族だ。
事もあろうにそれ以降はヒトと仲良しこよしで尊敬されてちやほやされたいが為に、
同じ竜種でありながら彼らの一族を揶揄する者達までいるという。
寧ろ僕に言わせれば人間大好きなアレにしたがって横暴を許し、
ヒトの敵対者をその絶対たる竜の力で廃し、止めようとする同族にまで攻撃した奴らこそ裏切り者だ。
それ以降ベリアルの一族はその強さゆえに名乗りこそ許されたが、
その支配地の多くを分譲されて元は下であった一族たちに囲まれて、
何時でも変えの利く集まりの名目上のトップに過ぎない…いや、それも古い時代の話なので今は更に酷いだろう。
弱い癖に防衛戦の砦となり戦火を浴びたあの谷の支配者を名乗る他の竜など僕は認めないし、
僕達の一族の中ではあの土地は今でもベリアルの血を引く者達のものだという見解で一致している。
…多少アレに対するあてつけの意味もあるが。
それと彼女には一応言っておく。
「僕に戦う理由はないけど。」
「その存在が戦う理由でしょう。」
彼女は今にも舞い上がってその口からあの戦役で猛威を振るったベリアルの血族に相応しい、
協力無比な重き風を撃ち放とうとしているのだろう。ちょっと焦り過ぎだと思う。
それはアレのせいなんだろうけれど、そもそも僕には戦うつもりはない。だって――――――
「竜を食す竜とかアレ、デマだから。」
「………へっ?」