回顧録
昔、まだ私が10歳の時に、実家で飼っていた白黒模様の猫やっちゃんが死んだ。
いつもは飼い主のお父さんにくっついていたやっちゃんが、死んだ日、私の布団の上にいて、それはもう大きな声で泣きじゃくって、お別れもまともにできなかった。
やっちゃんは家の裏にあった畑の隅で眠っている。もう姿を見ることはできないけれど。
弥七と言えなくて、やひち、やっちゃん、と呼んでいた。呼んだらそばへ来て、足元ですりすりして長い尻尾を揺らしていた。
かっこよくて、本当のお兄ちゃんの様な猫だった。
やっちゃんがいなくなってからもう10年くらいたっているのに、何故だかそのやっちゃんが大人になった私の足元で、ゆらゆらと尻尾を揺らしてにゃあと鳴いている。
いつの間にか周りは真っ黒い空間で、私とやっちゃんだけがはっきりと見えた。
「にゃぁお、みゃあ?」
「…あはは、ごめんね、まだ猫語はわかんないなあ…」
みゃおと鳴いて、するりと足元を離れて歩いていくいないはずのやっちゃん。
私が突っ立ったままでいると、立ち止まって顔だけをこちらに向け、不服そうに「にゃお」と鳴いた。
ついてこい、ということだろうか。
ふと、やっちゃんがいる場所の先を見ると、さっきまで何もなかった場所に光り輝く空間があった。
ぽっかりと開いた穴の様な、そんなものに見える。
「……しーちゃんは、まだ来ちゃダメだろ。ニンゲンはもっと長生きする種族じゃないか。そうだろ?」
「…………。 え…?」
「ほら、こっちに来て。途中まで案内したげるから。」
「……はい…」
やっちゃんが、人間語(?)しゃべった…。
「…あそこまで行けばたぶん、あのお方が引っ張ってくれると思う。」
ナニコレ、夢??頭の処理が追い付かない。あのお方って?私どうなってるの?
疑問の言葉は頭の中でぐるぐると回って口までたどり着かない。
やっちゃんはゆっくりだけど前へ進んでいき、私はその後を追う。
「…やっちゃん?」
「弥七、だよ。…まだ言えない?」
「…言える。言えるよ、弥七。ほら。」
柔らかい笑い声が聞こえて、ちょっと嬉しそうな鳴き声がそれに続いた。
「ふっ、上出来だ。大きくなったね、しーちゃん。」
私のほうにはもう向いてくれなかった。光が近付く。
「でしょう。でも、なんでやっちゃんが…」
「…、頼まれたのさ、あのお方に。」
「あのお方って、誰?」
「もう会ってるさ。あんなでも、俺らのカミサマなんだ。」
「神様…」
目前に迫った光は、まぶしくて、直視できないくらいだ。
やっちゃんが歩みを止めて、その横に私も並ぶ。
これはやっぱり夢なのだろうか、それとも…。
「ほら、もうついた。あの光に、手を伸ばして。」
「伸ばしたら、どうなるの…?」
その先の言葉がなんとなくわかった。でも、まだ。
「しーちゃんが生きている世界に戻れる。」
離れたくない。
「やっ、まだやっちゃんに言いたいことが!」
子供のように駄々をこねる私を、やっちゃんが大きな声で叱る。
「もうこれ以上時間がないんだ!」
「…………っ………」
「…ほら、手を伸ばして。怖くない、俺がついてるからさ。」
「そんな…」
涙が今さら溢れてくる。
「また、逢えるんだ。それまで気長に待ってるから、行って。」
足元にすり寄って、昔みたいに顔をスリスリしてくる。
「…わかったよ、ちゃんと待っててね。」
「…当り前さ。」
やっちゃんの頭と体を一撫でする。気持ちよさそうに喉を鳴らしてくれた。
「ほら、行けって。またな。」
「うん、またね。」
そうして私は光に手を伸ばした。
光に降れるか触れないかのところで、大きな手がぬっと現れ、私の手首をつかむ。そのまま勢いよく引っ張られた。
光に体が収まる前に振り向くと、やっちゃんは背中を向けて反対側へ歩いていく所だった。
長く綺麗なしっぽが、優しく揺れているのが最後に見えた。
「おい!!」
大きな声が頭に響く。その声に聞き覚えはなかった。
一体誰がいるっていうんだ。私はやっちゃんに用があるの。
「こら!起きろって、死ぬぞ!」
…死ぬって。
…。
死ぬ?!
「そんな!?」
「死」という単語に驚き思わず目を開いた。とたんに頭に激痛が走る。
「遅い!」
激痛の原因は、どうやら先ほどから聞こえていた声の主によるものらしい。
かなり痛い。しかも顔が近い。
「人の子は脆いのだろう!?自覚してくれ!」
何のことかわからないが、説教されているらしい。しかもイケメンに。
「えっと、すみませんでした…?」
ちっ、と舌打ちをされ、端正な顔をさらに歪めた。よく見ると、私は大きいバスタオル一枚しか身にまとってない上に、座ったイケメンの膝上でお姫様抱っこされている。
動揺する間もなく、訝しげな顔をしたイケメンから言葉が飛んできた。
「…おい、その解ってない顔は何だ?頭を打って記憶でも飛んだのか?」
「ええっと、たぶんおっしゃる通りで…。あの、どちらさまでしょうか…」
「おいおい、そこからか…。あの猫、余計なことを…」
ものすごく腹立たしいという顔で言った。
私はというと、先ほどやっちゃんに会って話せたことがいまだに信じられず、まだ夢の中にいる気分である。
「人の子よ、面倒くさいが私から直々に説明をしてやろう。心して聞け。」
「はい…。でもとりあえず、着替えていいですか?」
こちらではかなーーーーーーーり、お久しぶりになってしまいました……
ちょっとだけ私の実話が混ざってまして、書いているときに何度か泣きそうになりました。
次話でいろいろ説明がありますが、主人公ちゃんが体験したのは臨死体験とはちょっと違います。とだけ…
これ以上ないくらい亀更新ですが、良かったら次話もよろしくお願いいたします。
ここまで読んでくださりありがとうございます。