荒らされた部屋
真っ黒な布に縫い付けられたスパンコールのように、天には星々が彩り輝きを放っていた。
澄み切った空気のせいか、やけに綺麗に見える気がする。
そんな下を街灯に照らされて出来た二つの影が並んで歩いていた。
いつものバイト帰り道。
郷はシフトが一緒だったため、私はいつものように赤城くんに送ってもらっていた。
「一段と人多かったね」
唇を開き、そう隣を歩く赤城くんへと告げる。
「土曜だし、夏休み期間に入ったもんな~。ランチ時間とかみんなぐったりしていたらしい」
疲れと夏の熱さも一緒になっているせいか、足取りも重苦しい。
立ち仕事のせいか、足もパンパンに腫れ上がり痛みを感じてしまっている。
日中のような照りつけるような暑さはないけれども、まだコンクリートには熱が残っているのか、それまた湿度か高いせいか蒸している。そのため、肌に張り付くYシャツが不快だ。
「……そう言えば、今日は自転車じゃないんだな」
「え?」
ふと告げられたその言葉に、一瞬だけ心臓が大きく跳ねる。
今日はこの間のパーティーのお礼と、花梨さんと黒崎さんにランチに誘って貰った。
花梨さんとその後にお店を回ったりしたんだけれども、バイト時間が近くなり途中で別れるときに送って貰ったのだ。
だから、今日は自転車ではない。
赤城くんにはなんとなく口から出たものだったかもしれないが、私にはとても大きな質問。
もし話をしてしまえば、必然的に黒崎さん達の事を赤城くんに言わなければならない。
けれども、黒崎さんは赤城くんに知って欲しくないようだし……
「うん。午後から知り合いと一緒で。バイト先まで送って貰ったの」
「それって、男?」
「女性だけれども……?」
どうしてそんな事を聞くのだろうと小首を傾げれば、苦笑いを浮かべた赤城くんと視線が合った。
「ごめん。変な質問して」
「ううん。大丈夫」
とは言ったものの、気になる。
「なぁ、夏休みの予定立てたか?」
「ん~。短期のバイトしたいなぁって」
夏休みシーズンなので、結構色々な所で単発だったり期間限定のバイトを募集しているので、この機会に黒崎さんに少しでも返したいと思っている。
友達も実家に帰省する子達が多いし。
「あっ、でもさっき話していたみんなで海は行きたいな~」
バイト先でみんなで海に行こう! っていう案が出たので、それは行きたいって思った。コテージを借りてみんなで割ればかなり安く泊まれるらしい。
バーベキューも出来るらしく、慰安として店からバーベキュー代は出してくると店長が。
ただ、バイトのシフトがあるので、全員一緒に行けるわけじゃなく、グループに分けていかなければならないけど。
「俺も行きたい」
「うん。一緒のグループだといいね。……って、赤城くんは帰省組じゃないんだ?」
「あ~、俺は実家帰らないから。しばらく戻ってない」
「ごめんなさい……」
「いや、気にしないで。ちょっと兄貴と喧嘩して家出中なだけなんだ。あっちも俺の居場所もわかっているし。時々顔も見に来る」
「お兄さんいるの?」
「あぁ。年離れているせいか、子供扱いされているよ。可愛がってくれるのはわかるんだけれども、構いすぎなんだ。うっとおしいぐらいに」
あれ? それ、どっかで聞いたことがあるような話みたい。
たしか、花梨さんが言っていたような……
「あの頃、重くて仕方がなかったんだ。家名も兄貴も。だから、どこでもいいから自由になりたくて……そんなときに兄貴と大喧嘩。今思えば、子供だったんだろうな。自分の思い通りにならない事が嫌いだったし」
眉を下げながら赤城くんは、肩を竦めた。
「だからバイトもいい経験になった。下げたくない頭下げたりして、理不尽な事もあるし。それで少し成長したのかも。やっぱり家を出て良かったよ。あのまま兄貴の過保護の下にいたままだと、絶対にあの性格のままだったと思うし。それに光莉に会えた」
そう言って笑みを浮かべた赤城くんに、私は胸が締め付けられた。
社交辞令的なものかもしれないけれども、それが酷く嬉しい。
「私も赤城くんと出会えて嬉しいよ!」
「ほんと? なら、夏休み一緒に楽しもう? 花火大会や夏祭りとか、色々夏っぽいイベントあるし」
「是非!」
と私は頷いた。
+
+
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楽しい時間はあっという間で、私はアパートの前へと辿り着いた。
正面に佇む赤城くんに「送ってくれてありがとう」とお礼を言えば、「いや、気にしないでくれ」と首を左右に振られてしまう。
本当は途中の道を曲がった方が赤城くんの住むアパートには近いのに、わざわざ遠回りしてくれているのを知っている。
彼のそういうさりげない優しさも好き。
「じゃあ、またね」
「あぁ」
赤城くんに手を振ると、私は後ろ髪を引かれる思いのまま、体の向きを建物へ。
そしてそのまま足を踏み出した。
十部屋ぐらいの小さなアパートが私の暮らす家で、一階の真ん中が私の部屋。
学生が多い町のせいか、駅から少し距離があるけど全室埋まっている。
数か所の扉を越え、自分の部屋の扉の前に。
等間隔にアパートの天井に設置されている明かりを頼りに、鞄から鍵を漁って取り出す。そしてそのまま鍵穴に差して回した時に異変を感じた。
いつもならガチャンという音が聞こえるのに。
すぐに背筋を伝うのは、自分の汗。
毛穴という毛穴から噴き出しているように感じる。まるで見てはならないものを見てしまったかのように、体が異常をきたしてしまっていた。
「……どうして?」
おかしい。
絶対に出るときに閉めたはず。
必ず三回確認する癖があるから、これは確かだ。
それなのに、どうして施錠されていないの?
「光莉?」
そう自分の名前を呼ばれ、私は反射的に体をびくつかせてしまう。
おそるおそる左手を見れば、アパートの塀に赤城くんが不思議そうな顔をして佇んでいた。
もしかしたら、私が部屋に入るのを見届けてから帰宅していたのかもしれない。
私の様子がおかしいのに気付いたらしく、駆け足でこちらへと来てくれた。
「どうした?」
「鍵開いているの……」
「閉め忘れは?」
「してない。してないはずだけど、絶対とは言い切れない……」
ガチガチと耳障りなぐらいに歯のぶつかりあう音。
そしてどんどんと引いていく血の気。
ただ立っているのすら難しく、私はその場にしゃがみこんでしまう。
――泥棒? でも、盗まれるものなんて……
「……あ」
あった。
私の頭の中に一つ浮かんだものがある。それはこの間のパーティーで身に着けたドレスと宝石。プレゼントと黒崎さんに言われて一週間ばかり部屋に置いていた。
けれども、やはりあんなに高額なものを持っている事すら恐ろしくて、今日お返ししたばかりだ。
――もしかしたら、それを知っている者が?
「光莉。離れていて。俺、中見てくるから」
「危ないよ。私が……」
「駄目だ。中にまだいるかもしれない」
そう言って赤城くんは扉を開く。
すると私達が佇んでいる所から光が入り、薄暗いけれども室内の様子が窺えた。
床に物なんて置いてなかったのに、散らばっている。
それを見て、私はもしかしたらと想像したことが現実に起こったのを認識した。