パーティー
「一日あっという間で、夢見ていたみたいだったなぁ……」
鍵をテーブルの上に置くと、私はその場にしゃがみこんだ。
そして柔らかな座椅子にそのまま背を預け、ゆっくりと瞳を閉じる。
私は六畳一間の自宅アパートへと先ほど戻って来たばかり。
赤城くんにアパート前まで送って貰ったんだけれども、それがなんだかいつものバイト終わりとはまた違う感じで寂しかった。
楽しい時間だったから、終わりたくないなぁって。
そのせいか、アパートが近づくにつれ足取りも重くなっていってしまっていた。
「また一緒にって出掛けようって、言ってくれたっけ……」
社交辞令かもしれないけれども、別れ際にまた一緒に出掛けようって言ってくれた。
それが嬉しくて自然と顔が緩んでくるのは止められない。
すっかりふにやっと体も心も力の抜けた私だったけど、ふと鞄の中にあるとある物の存在が気になって仕方がなくなってしまう。
「……スマホ」
電話がかかってくると思ってサイレントモードにしていたのを思い出したのだ。
朝、鞄に入れっぱなしにしたままになっている。
すぐ傍置いた鞄を引き寄せ、がさりと中を漁ればすぐに出てきた。
ほとんど某アプリでの友達からの連絡やバイト先からのシフト変更の電話等、連絡が入るのは大抵決まった場所から。
しかも、あまり頻繁ではない。だから、放置していても問題ないと考えたのだ。
どこからも連絡来てないだろうなと思ったら、画面に着信とメールの表示が。
タッチしていき、まず着信履歴を表示させれば、黒崎さんの名前が記されている。
「どうしたんだろう……?」
と小首を傾げながらも、スマホを操作していき折り返し電話をかけてみた。
すると数コールですぐに繋がってしまい、変な緊張感が走ってしまう。
『もしもし?』
「こんばんは、黒崎さん。スマホに着信があったのですが、お時間よろしいでしょうか?」
『わざわざ折り返してくれたのかい? ありがとう。勿論、いま大丈夫だよ。当麻とのデート楽しそうだったね。車ですれ違ったんだけど、気づいた?』
「いえ、全く」
『そうか。当麻もきっと浮かれて気づいてないだろうね。しかし、当麻のあんないじりがいがある顔が見られて良かったよ。ありがとう。今度再会する時は、全力でいじり倒そうって思う』
「全力って……」
そこで私は花梨さんとの会話を思い出した。
黒崎さんは、可愛がりすぎてうっとおしく思われてしまうって。
『突然だけど、明日時間あるかい? 実は出席しなければならないパーティーがあるんだ。男女パートナーを同伴らしくて……花梨がちょっと急用が入ったらしく、出国していてね。明日、一緒に行ってくれる人を探しているんだ』
「私で良ければ大丈夫です。ですが、私はパーティーなんて参加した事がないのですが……」
黒崎さんにはお世話になりっぱなしなので、ぜひ恩返しをと思う。
でも、花梨さんの代わりなんて勤まらないし……
『大丈夫。そんなに畏まったものじゃないんだ。もし、当麻との予定なんてあったらそっちを優先して欲しい』
「いえ。明日の夜は大丈夫です」
『本当かい? 助かるよ』
「わかりました。あの……ドレスコードなどは……?」
『それは心配しないで。こっちで準備するから。それにお願いしているのはこちらなんだから』
「ですが……」
『気にしないで欲しい。じゃあ、準備もあるだろうから五時半頃に迎えに行くよ』
「わかりました。お願いします」
『うん。こちらこそよろしくお願いします。じゃあ、お休み』
と、黒崎さんとの電話を切ると、私はふぅっと息を吐き出した。
――パーティーか。叔父達も来るのかなぁ?
そんな事がわずかに胸を過り、不安が押し寄せてきてしまう。
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「良く似合っているよ。当麻にも見せたいぐらいだ」
「ありがとうございます……」
隣を歩いているスーツ姿が素敵な黒崎さんにエスコートされながら、私はホテルの回廊を歩いていた。
黒崎さんと合流した後、そのままお店に連れて行って貰ってドレスや宝飾品選びへ。
そこから髪やメイクをやって貰い、会場入り。
ベアトップの新緑を思わせる色をしたロングドレスは、裾が広がっていて歩きやすく、胸元を彩っている大粒の黒真珠のネックレスはシンプルだけれども品がある。
それから髪は綺麗に纏め、ピアスの開いてない両耳には胸元と同じ黒真珠のイヤリングが飾ってある。
扉の少し前で受付を済ませ、私達は会場である室内へと足を踏み入れた。
その瞬間、何故かざわめきが起こったのに気がついた。
三百人から四百人ぐらいだろうか? 綺麗に着飾った中にいた人々の探るような視線を感じながら、足を進めていくと、ふと視界を見知った顔が掠めたのに気付く。
それは叔父と叔母、そして従妹だった。
彼等は険しい顔をしてこちらを凝視している。
従妹に至っては、まるで般若のような表情をしていた。
折角忘れていた相手なのに、また思い出してしまった事と、どちらかと言えばこちらが憎しみをぶつけたい側なのに、何故か憎しみの矛先になり私は頭痛に襲われてしまう。
――やっぱりいたのか……何事も起こりませんように……
なるべく視界にいれず接点を持たないようにしようと決め、私は意識を逸らしかけた時だった。
「彩人さん!」
という低い声が耳朶に触れたのは。
その声の主へと顔を向けて、私は息を呑んだ。
それもそうだろう。だって相手は誰もが知っている有名人だったのだから。
こちらへやってくるのは、爽やかな笑顔を浮かべている青年。
明るくもなく暗くもない襟足ぐらいの長さの茶色の髪を靡かせ、ブランド物のスーツを纏っていた。
――どうして俳優の新がっ!?
私は普段テレビをあまりみないけれども、今放送されている彼のドラマだけは見ている。
内容もそうだけれども、豪華俳優陣の演技力に圧倒され、つい世界に引き込まれてしまったのだ。
元々はただ時間があったから一話を見ただけだけなのに、はまってしまい、毎週火曜日を楽しみにするぐらいになっていた。
「新。久しぶりだね。花梨の誕生日以来かい?」
その人が前に佇むと、黒崎さんは穏やかに笑った。
身長は黒崎さんの方が少し高いだろうか?
「えぇ、そうです。この度は姉がドタキャンしてすみません……」
「いや、構わないよ。花梨も仕事なんだから」
「え? 花梨さんの弟さんっ!?」
口を挟むべきではなかったのに、声が漏れてしまい、慌てて片手で押さえたが遅かったようだ。
二人とも、目を大きく見開きながらこちらへと視線を向けている。
「もしかして、光莉ちゃん知らなかったの?」
「はい……」
「隠しているわけじゃないんだけどなぁ。この機会だから自己紹介をしておくよ。彼は新。花梨の弟だよ」
そう紹介されると、新さんは微笑を浮かべた。
「初めまして。新と申します」
「初めまして。西園光莉と申します。勿論、新さんの事は……有名ですから……。ドラマも真犯人誰なんだろうと思いながら、欠かさず見ています。あの……撮影頑張って下さい!」
緊張しているため、やたら早口になっているのが自分でもわかる。
顔に血液が集中しすぎたのか、火照って熱い。
「ありがとう。嬉しいよ」
そう言いながら見せてくれた笑顔が物凄く綺麗で、私は息を呑んだ。
まるで精密に作り上げられた彫刻のようで、見る人々の時間を忘れさせてしまうだろう。
そのため、私もしばし動けなくなってしまった。
そうしていると、黒崎さんが言葉をゆっくりと放つ。
「もしかして、当麻よりも新の方がタイプ?」
「ど、どうしてここで赤城くんがっ!?」
「当麻泣いちゃうかもな~」
「当麻? もしかして、戻って来たんですか?」
「ううん。まだ。賭けは続いているよ。なかなか頑固でね。でも、バイトして少し変わったみたい。そうだ。聞いてよ、新。この間、当麻のやつ光莉ちゃんとデートしたんだよ」
「デートじゃないです! いっ、一緒に出掛けただけです。私とデートだなんて、赤城くんが……」
「早く会って根掘り葉掘り聞きたいなぁ」
「やめてやって下さいよ……それが原因で当麻と喧嘩したんじゃないですか……少し大人になって下さい」
「無理だよ。年離れているから、可愛くて仕方がないんだから。あんなに可愛い子。世界中探してもどこにもいないって!」
「彩人さん、可愛がりすぎて相手がうっとおしくなるレベルなんですから気をつけて下さいよ」
「酷いなぁ……うっとおしいって」
肩を竦めている黒崎さんに、新さんが深い嘆息を零した。




