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任せて!

早いもので、料亭の件から一ヶ月が経過した。

あの後、黒崎さんに車で送って貰って、私は無事アパートへ。

それから叔父たちからなんの連絡もなく、また表面的にはいつもの日常へと戻る事に。

黒崎さんが本当に五千万円を支払ってくれたからだ。


――しかし、五千万円かぁ……


さすがにそんな金額を返済するには、今のファミレスだけのバイト代では一括返済は無理。

分割するにしても、今のままではぎりぎりの生活。

黒崎さんは「支払いは不要」と言ってくれているけど、さすがに気にせずにはいられず。

バイトを増やして掛け持ちして少しずつ支払う事を考えたのだけれども、どうやら顔に出ていたのか、「学生の本業は勉強だよ? それを忘れないでね」と釘を刺されてしまう。

なので今のところは、社会人になってから返済しようと考えている。


「……でも、やっぱり少しずつでいいから支払うべきかな?」

そんな私の呟きが更衣室に響き渡る。

壁にはロッカーが上下に積まれてあり、簡素なテーブルやパイプ椅子が数脚置かれていた。

基本的にはここで休憩はしないけど、時々メイクだったりに使っている人もいる。


私は水色のファミレスの制服を脱ぐと、ロッカーからシフォンブラウスと黒のレトロなタイトスカートを取り出しそれを身に纏う。

そして備え付けられている鏡を見てさっと髪を整えた。

一度も染めた事のない長い髪は一つに纏め上げられ、前髪はピンで留めている。

プチプラ化粧品は持っているが、普段はあまり使ってない。

下手なのか使ってもあまり変わらないからだ。

けれども、今日は一応メイクはしている。

この後、黒崎さんと食事があるから。


あれから二回ほど黒崎さんから連絡があり食事をした。

内容は赤城くんの事だったり、私の学生生活の事だったり……

たたでさえ迷惑かけているのに、「ちゃんと食べている?」と、敷居の高いお店に連れて行って貰っているので、なんだかいたたまれない。


「今度何かお返ししないとなぁ……」

でも、何がいいのかわからない。

ネクタイとか? なんて軽く頭の中がトリップしていると、ちょうどタイミング良く更衣室の扉が開かれた。


「おはよー!」

という声と共に飛び込んで来たのは、バイト仲間の菊地さん。

美容系の専門に通っているそうで、いつもヘアスタイルが可愛い。

今日は編み込んで一つに纏めているようだ。


「おはようございます」

もう夕方なのでおはようではないが、ここではそれが挨拶になっている。


「あれー? もしかして今日メイクしている? 服もなんか違って可愛い」

「はい。ちょっとだけ化粧しています」

「おっ、赤城くんとデートか~」

「え?」

「は?」

どうやら上手くかみ合ってなく、お互いが終始無言のまま見つめ合ってしまう。


どうしてそこで赤城君が出てきたのだろうか? そう思って小首を傾げれば、目を大きく見開いたままの菊池さんが口を開いた。


「だってメイク……」

「あっ、はい。これから知人と食事に行くので」

「ごめん、その知人は赤城くんとではないよね?」

「あの……どうしてそこで赤城くんが出て……?」

「いや、付き合っているんでしょ? だからそんなにおしゃれしたり、メイクしたり……」

「え?」

「は?」

また終始無言。ただじっと見つめ合う。

どれぐらいたったのだろうか。菊池さんが頭を抱え込んで、嘆息を零しはじめてしまった。


「あ~、うん。なんとなくわかった。ごめん。勘違いしていたかも。いつもシフト合えば一緒に帰っていたし、赤城くんも……あ~、うん。やっぱりいいや。本人から何も聞いてないんでしょ?」

「赤城くんがどうしたんですか?」

「なんでもない。それより光莉ちゃん、赤城くんの事好き?」

「……もしかして、私ってわかりやすいですか?」

それは非常に困る。

本人にバレたら今まで通りの関係ではなくなってしまうから。

私はこのままの距離がいい。きっとこれ以上は縮まらないと思うので。


「顔に出ているとかじゃないよ。ただ、なんとなく二人の空気的に。そっか、知り合いと食事かぁ。なんかいつもメイクしてないから勘違いしちゃった」

「相手の方がきちんとした方なので、それで一応してみました。変でしょうか?」

「ううん。ならついでに髪型変えてみる? 私、バイト時間いつもより早く来ちゃったから」

「いいんですか?」

「もちろん」

というわけで、菊池さんのお言葉に甘えてしてもらうことに。





今日の夕食は、寿司だった。

個室に通されて驚いたのが、小さなカウンターがついていたこと。

そこで職人さんがお寿司を握ってくれるのを食べている。

生まれて初めて連れてきて貰った場所。

その上、明らかに高級店。そのため、私の心臓は早鐘のようになってしまっている。

黒崎さんに、「何か食べたいものある?」と尋ねられても言葉が出ないぐらいに。

けれども美味しいお寿司や黒崎さんとの会話によって、少しずつそれもほぐれてきている。


「光莉ちゃん、今日はなんだかいつもと様子が違うね」

隣に座っている黒崎さんの言葉に、自然と顔が俯いてしまう。

彼はスーツ姿で、日本酒を飲んでいる。

この間は黒崎さんの運転だったけど、今日は運転手さん同行。さすがは副社長。


「髪と服。なんだか、違うから」

気恥ずかしい。気合が入りすぎていると感じられてしまっただろうか。


「バイト先の方がやってくれたんです」

「いつも下ろしているから、纏めているとなんか新鮮」

「ありがとうございます」

「ねぇ、その姿って当麻のやつ見た?」

「いえ。今日、赤城くんは午前中入りだったので。午後から講義が入っているため、水曜は午前中だけなんですよ」

「そう。当麻のやつ残念」

くすくすと笑っている黒崎さん。

当麻くんに関してはなんだか、素が出てきている気がする。

意地悪というか、なんというか……



「黒崎さん。黒崎さんと赤城くんって一体……――」

そう口を開きかけると、「ピピピ」という目覚ましのような電子音がなり響いた。

どうやら私の隣の席にある、鞄の中から聞こえてくる。


電源切っておくべきだった!!

と、顔面蒼白気味になっていると、「出て大丈夫だよ」とほほ笑まれてしまう。


「すみません」

「気にしないで。それより切れると悪いから、出た方がいいよ」

「すぐに折り返すように伝えて切りますので!」

と言って鞄からスマホを取り出すと、ディスプレイ画面を眺める。

滅多に電話なんてこないのに誰だろうと思えば、「赤城くん」と表示されていた。


「え? 赤城くん……?」

珍しい……いや、初めてか。

そのため、ほんの少しだけ緊張が走るが、すぐに出ることにした。 


「もしもし?」

『光莉? 今、大丈夫か?』

「ごめんね、いまちょっと人と食事中で……」

『あっ、悪い。たいした要件じゃないんだ。今度一緒に出掛けようかと思って。ほら、前に食事駄目になったからさ』

「うん。行きたい」

『よかった。なら、時間とか日にち決めたいから、後でまた電話かけるよ』

「なら、家に帰ったら連絡する」

『わかった。待っている。じゃあ』

「うん。またね」

そう返事をして、私は通話を切った。


「当麻と出かけるの?」

「はい」

初めて一緒に出掛けるせいか、顔が緩んでくる。そのため、声も気のせいか高くなってきていた。

何を着て行こうかな。頭の片隅で、そんなに多くない服を色々とコーディネイトしていく。

今度は何事もなく一緒に出掛けられるといいなぁ。


「うん。そうか。わかった。任せておいて!」

「え?」

そんな黒崎さんの声に、私は小首を傾げた。

何をお任せすればいいのだろうか。


――ただ、赤城くんと一緒に出掛けるだけだよね……?




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