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料亭にて

結局策も浮かばぬまま、翌日私は待ち合わせ場所である料亭へと連れて行かれてしまった。

このためなのか、私は綺麗な着物を纏わされ、薄く化粧もしている。

だがそれ以上なのが、叔父夫婦。

まるでこれからどこぞのパーティーにでも行くのか? というぐらいの格好をしている。叔父の整髪料の香りと叔母の整髪料の香りが交じりあい、なんとも言えない香りを漂わせているため、私は若干酔いが回ってきていた。

彼らは大事な融資条件である、私が逃げないように左右の腕をしっかりと掴んでいる。


空はすっかり太陽を隠し黒いヴェールに包んでいる中、店先の提灯にはオレンジ色の明かりが灯され、なんとも幻想的な雰囲気を醸し出していた。きっとこんな状況でなければ心から喜んでいただろう。

こんな一見さんお断りの店なんて、滅多に来られないのだから。


黒漆の門を越え、のれんをくぐり中へ。

すると人のよさそうな女将さんが迎えてくれた。


外もとても素晴らしいけれども、中も趣がある。

間接照明により照らされた廊下は、綺麗に磨かれ艶があり、壁沿いに飾られている花の活けられた過花瓶も素晴らしい。

一見さんお断りのような格式高めな印象を持つ。


廊下を女将が先導してくれる中、それに続くように足を進めていく。

振り払って逃げたい。

だが、もう少し隙を見た方がよさそうだ。


女将はとある部屋の前で止まった。

すると叔父が「もういい。すぐに料理を」と告げると、ほんの一瞬だけ怪訝そうな表情をしたが、女将はそのまま深々と一礼し去っていく。

「失礼します」

と、明らかにいつもよりワントーン高めの叔父の声に、どうやらすでに中にいるという事を察した。

障子が開けられるとふわりと畳の香りが鼻を掠める。

その広々とした和室の中、上座にはすでに沢西がいた。


葡萄色のテーブルには、もうすでに料理が並んでおり、箸を持ちそれをつまんでいる。こちらに気づくと、にやりと笑った。


「ほぅ。写真で見るよりも美人ではないか」

夕紀の言った通り、丸々としてテカテカしている。

若くもなく老けてもなく、年相応に見えた。


「ありがとうございます。この女の母譲りです。さぁ、お前は沢西様の隣へ行け」

叔父に言われたが、絶対に行きたくはない。

首を振って拒絶をすれば、無理やり腕を掴まれて引っ張られ、座らせられてしまう。


「ほら、ご挨拶しろ」

それには頑なに口を閉じ拒絶。

「申し訳ありません……光莉!」

「構わん。こういうのを従属させるのもまた楽しいからな。しかし、二十歳と言っていたな。それよりも上に見える。誤魔化しているんじゃないのか? どれ」

と言って、沢西はこちらに手を伸ばすと頬に触れた。

撫でるようなそれは、ただ嫌悪感しか湧いてこない。

鳥肌や引き攣る顔により、全身で彼の不快な行動を拒絶。


――違う


私が触れて欲しいのはこの手ではない。この丸々とした餅のようなこれでは……

もっと大きくて骨ばっている手だ。

虫を払うかのように咄嗟に手を伸ばし、男の手を払いのける。

するとすぐに「光莉!」という叔父の叱咤する声が飛んできた。


「何をしているんだ! さっさと謝れ」

そう言って叔父は乱暴に髪を掴んだ。

そのせいで、反射的に涙が浮かんでくる。

ブチブチっと抜けるんじゃないかってぐらいに、強い力で引っ張られていた。


「私に逆らうとは……融資の件があるのを忘れているのか?」

「関係ない! 私は無関係! 娶るなら夕紀にすればいい。私は帰る」

喉が痛むぐらいに大声で叫んだ。

この騒動に気づいて誰かが気づいてくれればいいという期待半分。平穏な生活をぶち壊されて頭に来ているのが半分。


「何を言っているんだ!」

「そうよ。今までの恩を忘れたの?」

すぐに聞こえた反撃の声。

どこまでも自分勝手な人達。

私の平穏な日々を壊したくせに――


「離して!」

その手から逃れようと暴れたら、ブチっという音が聞こえた。

これは何本か抜けたな……と頭の片隅でぼんやりと思っていると、視界の端にテーブルの上にあった湯呑が目に入ってきた。

入れたてなのか、真っ白い湯気が立っている。


これ……


ぐっと腕を伸ばし取れば、手のひらに伝わる熱。

日本茶にしては熱め。

もしかしたら、個人的な好みで温度を高めで入れて貰ったのかもしれない。

だが、今はそんな事はどうでもいい。

ここから逃げ出すために、すぐにそれを二人へと飛ばすようにかけた。


「熱い!」という断末魔の悲鳴のような声が響くと同時に、引っ張られていた髪が自由になった。その隙に立ち上がって彼らを押すようにして飛び出すと、そのまま廊下をかけていく。


私の激しい雷のようにただ足音が響き渡るかと思えば、もう一つ増えた。

後方を見れば叔父の姿が。

あちらも五千万のために必死なのだろう。

幸いまだ距離はかなりある。

長い回廊なので三十メートル以上ぐらいは余裕。

これなら逃げ切れるはずだ。

そう踏んで顔を正面へと向ければ、何か黒い影が右手から現れた。

え? と思う間もなく、私はそれとぶつかってしまう。


てっきり衝撃で体中に痛みが走ると思っていたが、どうやら相手の方が抱き留めてくれたようでそうでもなく。

ただ、それなりにダメージがあったらしく、その人の眼鏡がずれ落ちていた。


「すみません! ……え? 赤城くん?」

どうしてだろうか。全く別の人なのに、彼が浮かんだのは。

私を抱き留めてくれた人は、綺麗な顔立ちをした男性。

身に纏うスーツは上質な生地で作られたと一目でわかるし、抱き留めてくれている腕に付けられている時計は絶対に壊したら弁償できない代物。

この料亭のお客さんなので、それなりの方なのだと見て取れる。


どうしてそんな彼と赤城君がダブって見えたのだろうか?

彼は赤城くんと違ってどちらかと言えば女性的な顔立ち。

卵のような輪郭に細やかな肌は、傷つけてはならぬ上質な絹のよう。

少し丸めの鼻に、血色の良い薄めの唇。

年の頃は二十代後半から三十代前半だろうか?

まるでモデルと間違えてしまいそうな姿だ。


「あっ、目……赤城くんに似ているんだ……」

何か赤城くんと結びつけるのかと言えば瞳だ。

少し彫の深めでくっきりとしている。その上、形が似ているせいか、雰囲気が赤城くんと同じに感じてしまう。


「君は……――」

彼がそう唇を開いた時だった。

「光莉!!」という叔父の声が近づいてきたのは。


「あの人は西園開発の……もしかして君は彼に追われているの?」

「はい……」

弱々しく頷いた私に、彼はそのまま私を自分の背へと庇うように促した。

大きな背だけれども、赤城くんとは違う。彼はずっとサッカーをやっていたらしく、作りもそんな感じがする。比べても意味がないのに、どうしても比較してしまうのは何故だろうか。


「もう大丈夫」

「待って下さい。ご迷惑は……」

「安心して。これでも良い年した大人だから」

「でも……」

「君が……――の知り合いかもしれないしね」

「え?」

誰の知り合いと言ったのだろうか?

そこは小さめの声だったせいで、あまりよく聞こえなかった。


「それに追われている女性を助けないわけにはいかないよ。僕もこう見えて男なんでね」

彼がくすくすと喉で笑っていると、間もなく叔父が私達の前へと現れた。


般若のような形相をしたまま、肩で大きく息をしながら足を止める。

するとまるで雷のような声で叫んだ。


「光莉! 逃げても無駄だ。早く来い。沢西様に謝罪するんだ」

「この子がどうかしましたか?」

「はっ、あんたには関係……――」

そう言ったきり叔父の声が弱々しく消えていくので、不思議に思って顔を覗かせると、叔父の顔色は土色へと変色。唇や手を戦慄かせた。





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