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踏みにじられた未来の末路

「花梨!」

「だから、ごめんってば~。仕方ないじゃない。一緒にいたし、光莉ちゃんの事なんだから」

赤城くんは腕を組みながら、テーブルを挟んで座っている花梨さんの隣に座っている人物を睨んでいた。

それは黒崎さん。

ソファは三人がけのため、みんなそのままラグの上に。


黒崎さんはそんな冷たい赤城くんの態度にも、満面の笑みを浮かべている。

どうして黒崎さんも? かと問えば、ちょうど花梨さんと一緒に呑んでいたらしい。

それで心配になって、二人してタクシーで来てくれたそうだ。


「久し振りに会ったっていうのに、当麻が冷たい」

「帰れ」

「ねぇ、それより花梨呼ぶなんて紳士的だねぇ。とーくん!」

「昔の愛称で呼ぶなっ! もう帰れって!」

そんな二人を私は目を大きく見開いて見ていた。

いつもの彼らじゃない……

紳士的で大人な黒崎さんの欠片もないし、赤城くんも珍しく嫌悪感むき出しで怒っている。

いつもはある程度隠しているのに。


「大体の事は光莉から聞いた。光莉の事利用しようと思ったんだろ? どうせ」

「そうだねぇ。光莉ちゃんがいれば、当麻の話が聞けるし、君との賭けにも使えるって思ったのは事実。でも、ちゃんと妹のように大切に思っているよ。まぁ、本当に妹になるかは当麻次第だけどね!」

「帰れ。本当に帰れ」

「なんでー。それより、光莉ちゃん無事そうで良かったよ。犯人に心当たりは?」

急に真面目なトーンになりながら、黒崎さんは私に尋ねてきた。

こちらを見ている瞳は、優しげだけれども強く芯がある。


「はい。もしかしたら叔父達かもしれないと。ドレスが破かれていたので……」

「あ~、あの人達か」

「その件なんだが、花梨。智さんって、いま忙しい?」

「ちょっと待って! なんで花梨に聞くわけ? 僕に聞いてよ。智は僕の友人じゃないか」

「智さん……?」

私は小首を傾げて隣の赤城くんを見詰める。

すると、彼は説明をしてくれた。


「黒崎家の顧問弁護士に瀬野靖史さんって人がいるんだけど、その息子さんだよ。瀬野智せのともさん」

「そう! 僕の幼等部からの友人。彼も弁護士をしているんだ。もしかして、今回の件相談したいのかい? きっと力になってくれると思うよ」

「それもあるが……」

「なに? もしかして言いにくい?」

「いえ。両親の遺産を叔父達に使い込みされていたんです」

そう告げれば、一気に空間が静まりかえり、黒崎さんと花梨さんの表情が一気に険しくなった。

ついさっきまで赤城くんに対して接していたテンションはかき消されてしまっている。


それを見て、私は情けなくなってきてしまう。

私がもっとしっかりしていれば良かったのに……


「それは智に任せた方がいいな。早急に手を打って貰おう。連絡は僕が取っておくよ。今日はもう遅いから、光莉ちゃんは休んだ方がいい」

「……はい」

私は返事をすると、赤城くんを見た。すると、彼は頷くとこちらに手を伸ばす。

そうして、私の頭を撫でながら告げる。


「確かに今日はもう遅い。光莉は花梨と同じ部屋で寝て。眠れないかもしれないけれども……」

「うん……」

「光莉ちゃんお風呂入った? シャワーだけでも浴びてきたらどうかな? 少しすっきりするかも。着替えも用意してきたんだ。当麻どうせ用意してないと思って」

「さすが、花梨。助かる」

「当然でしょ?」

そう言いながら花梨さんは、自分の隣に置いていた紙袋を私へと渡してくれた。

パステルカラーのそれは、花梨さんがデザインを担当しているブランドのものだ。


「うちの新作なの」

「ありがとうございます」

「いいえ。当麻。ここってゲストルームベッド?」

「ゲストルームっていうもんじゃなくて、本とか置いている場所なんだ。だから、布団だな」

「そう。わかった。なら、準備しておく」

「あのっ! 私も」

「うん。なら、一緒に行こう」

花梨さんは微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。

それを視界にいれると、私も同じように。


――でも、勝手にいいのかな?


と、頭を過ぎったけれども、赤城くんも一緒に立ち上がったので来てくれるみたい。

三人でいざ移動ってなった時だった。


「なら、僕は当麻と同じ部屋だよね!」

という、声が聞こえてきたのは。


「何言っているんだ? 兄貴は帰るんだろ?」

「え? 泊まるよ。荷物も持ってきたし」

「はぁ!?」

「始めてだね。ここに泊まるのは。怖くなったら、また昔みたいに、にーたん! って、抱きついてきてもいいんだよ?」

「……絶対に帰れ」

その時の赤城くんの顔が思いっきり歪んでいた。



結局その日は赤城くんの抵抗により、黒崎さんはソファで眠る事になった。






――ハンバーグって食べてくれるかな?


フライパンの中でぐつぐつと煮込まれているハンバーグを眺めながら、私はそんな事をぼんやりと思った。

あれから私は引っ越しをした。真新しいキッチンは、以前の私の部屋に比べるとかなり広々。

オール電化のため、ガスとの違いから最初は火力とか慣れなかったけれども、最近は使いこなせている。


アパートはあのまま住むのはちょっと怖かったので引っ越しを考えていた。

そんな時に、赤城くん――当麻くんから一緒に住もうと誘いが。

さすがに戸惑ったが、なんだかんだあり一緒に暮らすことに。


二人分の荷物などがあり、結局新しい所へ引っ越しもした。

その時に力になってくれたのが、黒崎さん。

「良い物件あるよ!」と不動産屋さんさながらに訪問。

そして絶妙な営業トークで進めてくれたのが、このマンション。

しかもここは相場よりも遙かに安く貸して貰っている。

それも家主・黒崎さんのおかげだけれども……


叔父達の件も少しずつだけれども、進んでいる。

黒崎さんと花梨さんが泊まりに来てくれた翌日、早速弁護士事務所へと相談に出向いたのだ。

そこで正式に弁護士の智先生に依頼。その後、色々と動いて貰っている。

警察の方も進展があり、アパートの近くで叔父の車が映っていたそうだ。


被後見人の財産の横領とアパートへの住居侵入罪。

解決するのも時間の問題だろうと言われた。

もしかしたら、叔父の家も会社もめちゃくちゃになるかもしれない。

けれどもそれは残念ながら自業自得だと思う自分は、どこか冷めているのだろうか……


「……なんだか、色々ありすぎたなぁ」

ぽつりとそう漏らして、後方を振り返れば、時刻は七時十五分。

そろそろバイト終わりの赤城くんが帰宅する時間だ。


――もう煮込んでいるから大丈夫。後は盛りつけだけ。


そんな事を考えていると、何やら玄関付近から物音がするのが聞こえた。

どうやら帰って来たらしい。

廊下とキッチンを繋ぐ扉が開かれ、私は顔をそちらへ。すると若干疲れ切った当麻くんが現れた。


「おかえりなさい」

「ただいま」

赤城くんは表情を崩すと、そのままこちらへやってきた。そしてフライパンを覗き込む。


「うまそうな匂いがする。今夜何?」

「煮込みハンバーグ」

「トマトソース? 俺、好き」

「当麻くん、よく注文しているもんね」

「でもさ、なんで三個あるんだ? それに……」

そう言って赤城くんはすぐそばにあるキッチンカウンターへと視線を向ける。

そこにはサラダの盛られた食器が三皿あった。その上、籠に入ったフォークなども。


「え? もうすぐ黒崎さんがいらっしゃるんだけど聞いてない?」

「……聞いてない」

「あれ? 当麻君には直接伝えるって言っていたんだけど……忙しいみたいだものね、言い忘れちゃったのかも」

「故意だ。それ。あー、また俺の事構いまくるに決まっている」

項垂れる当麻君を見て、私は苦笑いを浮かべた。


「でも、一応あれでも加減を覚えたって花梨さんがこの間言っていたよ?」

どうやら黒崎さんは、前回の当麻くんとの喧嘩により、加減する事を覚えたらしい。

今も可愛がっているなぁってわかるぐらいだけれども、それよりももっと凄かったって、一体どんな感じだったのだろうか? 少しだけ気になる。


「まぁ、前よりはな……でも、俺は構われるなら光莉に構って貰いたい」

「えっ……」

ふと伸ばした彼の腕が、私の体を拘束。

やけに心臓の音だけが大きく聞こえてくる中、私は思いっきり挙動不審になっていた。

視線は泳ぎ、手にしていた菜箸を持つ手に力が入る。


「光莉なら過剰でも構わない。なぁ、居留守使おうか?」

耳朶にくすぐるような言葉。

それにぞくりとした感覚が背筋を走った。

「だ、駄目だよ。黒崎さん来てくれるんだし……」

と、なんとかその拘束を外そうと手を伸ばすが、このままでもいいかなって思ってしまう自分がいる。


一度は閉ざされた道だった。

叔父達に勝手に融資と引き替えの結婚を強制されたりして、踏みにじられた人生。

でも、その先にある未来は自分が望んでいたもの以上の世界だった。


これにて完結です。予定していた全十話なんとか纏まりました。

ここまでお読み下さりありがとうございました!

お気に入り登録、評価などもありがとうございました<(_ _)>


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