再会は悲劇の秒読み
――……嫌な予感がしていた。
スマホの着信に叔父の名が表示された時から。
やっと築き上げた生活だった。
幼き頃に両親が事故で天国へ。
その後叔父の家に預けられ、そこで叔父家族による酷い言葉や態度により心が憔悴。
そのため私は中学を卒業するとそのまま家を出てバイト生活。
住み込みの仕事をしながら、定時制高校へと進学した。
その後、大学へと進学して一人暮らしをしている。
生活費はバイトで賄っているため、アパート代や食費でかつかつ。
それでも幸せだった。
波風立たない平穏な日々。バイト先で好きな人も出来たし、勉強も楽しかった。
やっと掴んだささやかな幸せ。
それなのに、こうもあっけなく打ち砕かれるなんて……
「聞いているのか、光莉」
乱暴な怒号に近い声が正面から飛んできたので、私はゆっくりと噛みしめていた唇を開く。
「えぇ」
首を縦に動かすと、顔を上げて真っ直ぐ前を見る。
そこにはふんぞり返るようにソファへと腰を落としている叔父の姿があった。
その背景と化しているのは、壁に掲げられた有名画家の作品や、彫刻。それから鷲などの動物のはく製……叔父の家は社長をしているためか立派だ。
ここを出て五年振りに見たリビングの風景。
願いが叶うのならば、もう二度と目に映す事はしたくなかったが。
叔父の隣には、派手な宝飾品を身に纏った叔母の姿が。
綺麗にセットされた髪に、少しだけ濃い目の化粧。
相変らず二人は変わってないらしい。
いや、もう一人いる。
私はゆっくりと嘆息を零すと、右手に座っている人を見た。
一人掛けソファに座っているのは、この家の一人娘である従妹の西園夕紀の姿があった。
綺麗にネイルされた手で、スマホをいじっている。
彼女が纏っているのは初等部から通っている、お金持ちの子達が通う学校の制服。
叔父たちに蝶よ花よと育てられたせいか、我が儘三昧。
きっと私の事は下僕のように思っているのだろう。
ずっと買い物に誘われ一緒にいけば、荷物持ちをされた。
勿論、学校の宿題も押し付けられたのも言わずもがな。
「ちゃんと聞いております。沢西の社長と結婚しろとおっしゃっているんですよね?」
吐き捨てるように告げれば、「そうだ」と叔父が頷いた。
沢西嘉人。年は四十五歳で、私とは二十五歳差だ。
彼の名は知っている。有名なのだ。……悪い意味で。
親から受け継いだ不動産会社の社長をしている。
真面目に仕事をし一代で大きな会社にした会長と違い、息子はドラ息子。
従業員に任せっきりで仕事もせず、よく派手な女性を引き連れ豪遊しているらしい。
初代社長である会長がそれに頭を悩ませながら、今は会社の舵を切ってくれているのでまだ沈んでない。だが、代替わりが行われたら、もう目を当てられない状況になるのは当然。
――どうしていきなりそんな人物と結婚? あぁ、もしかして……
何故そんな話になったのか思案すれば、一つの仮説が浮かんだ。
叔父は大きくもなく小さくもない会社の社長をしている。
もしかしたら、事業が上手くいってないのかもしれない。
私は中学卒業と同時にこの家を出たので、あまりそこらへんは詳しくはないが。
ただ、なんとなく予想は出来た。
おそらく、融資と引き換えに結婚をという事なのだろう。
「お前には勿体ないぐらいの方だ」
「でしたら、夕紀を嫁がせてはいかがですか?」
そう答えれば、夕紀が綺麗な顔を歪めてこちらを睨んだ。
「はぁ!? なんで私があんな太った油ぎったおっさんと結婚しなきゃならないわけ? あんたで十分でしょ。私はもっとイケメンで金持ちと結婚するわ」
「そうよ。今まで育ててやった恩を返しなさい。学費だってあるのだから」
「え? まって下さい。大学の費用は、両親が残してくれた教育資金の積み立てを使っていますよ。おじさん達には両親の生命保険を預けているはずです。生活費はそこから使っているんじゃないですか? まだかなり残ってますよね?」
「そんなのとっくに貴方の生活費に消えたわよ」
両親の保険金や資産。それから事故で受け取った賠償金を合わせると、一億以上あったはずだ。私がここで暮らしたのは小学校六年の冬。
私がここで世話になったのは、三年だけ。
それなのに、私の生活費で底をつくなんてあるのだろうか?
――……まさか。
体の血液が急速に流れていき、心臓が嫌な音を奏で始めている。
唇が渇き、じわりと背中に汗が浮かんだ。
「使ったんですか!? 二人の生命保険で一億はあったはず。そのほかに事故の賠償金と貯蓄で数千万はあったんですよ!」
信じられない。
あのお金はここでお世話になっていた分以外は、いざという時のために取って置いたのに……
なのに、勝手に使うなんて!
なんて私は愚かな事をしてしまったのだろう。
家を出る時に全て持っていくべきだった。
まさか、使い込みされるなんて……
はぶりが良いからそんな心配はないだろうと思っていたのに……
両親に申し訳なくて、瞼が熱くなる。だが、ここで泣くなんてしたくない。
泣いたとしてもこの人たちは絶対に反省なんてしないだろう。
悔しさを押し殺し、私はゆっくりと息を吐き出すと言葉を放つ。
「今までお世話になった分は、そのお金で相殺されるはずです。それに、私はもうこの家をとっくに出ているので関係ありません」
こんな所を早々に立ち去りたいので、私はすぐにソファから立ち上がった。
ここの空気を吸いたくないし、顔も見たくない。
どうして私ばっかりこんな目に合わなければならないのだろうか。
理不尽過ぎる。
やりきれない思いの中、ふと浮かんだのは同じバイト先の赤城くんの顔だった。
凄く逢いたい。そして話したい。いつものように何気ない会話で――
電話出るかな?
スマホを鞄から出すと、急に腕を掴まれた。
「何を……っ!?」
手首にまるで蛇のように絡んでいるのは、飴玉のような指輪を付けている細い手。
縄で締め付けるかのように、力を込められているせいで血の流れが悪くなっていくのを感じる。
「逃がさないわ。今まで世話したくないのにここに置いてやったのよ? 借りは返さないとならないわよね?」
「そうよ! あんたにはあのおじさんみたいなのがお似合いよ。あんたの価値が五千万なんてかなり高いと思うけど?」
「やっぱり融資と引き換えだったんですね……!!」
腕を振り上げ、その手から逃れるとそう叫んだ。
強く叫んだため、喉が張り付くように痛む。
「お前には顔合わせまでここに居て貰うぞ」
「断ります」
「拒否権はない。おい!」
叔父が扉の方へ顔を向け声をかけると、ノックもなく扉が開いた。
そしてなだれ込むように黒服姿の男達が室内へと入ってくる。
彼等は真っ直ぐに私の所へやってくると、腕を拘束。それでも暴れて逃げようとしたけれども、男の力には勝てなかった。
「……――ん」
ゆっくりと目を覚ますと、目先に庭が映し出された。その風景からどうやら以前私が使っていた部屋のようだった。
少しだけ懐かしい寝具からゆっくりと起き上がると、耳障りな金属片が足元で奏でられた。それに訝し気に思いながら、音の発生源へと視線を向ければ、足枷が嵌められている。逃げられないようにだろう。
――悪い夢だったらよかったのに。
つい数時間前の日常が全て嘘のようだ。
私はあの電話がきたときの事を思いだしていた。