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03.あの子のモノローグ

 

 いつからでしょうか、あの方に傾倒するようになったのは。


 私はこれまで家族以外、特定の誰かに頓着することはありませんでした。

 程度の差や性質の違いこそあれ、日本の――平民とはよく言ったものですね――凹凸のない丸顔の皆さんは一様に私を見上げて評価するので、常に距離があったのだと思います。

 相対する私の態度もそれなりのものになっていたでしょう。

 とりあえず愛想を振りまいておけばお前に間違いはないとお祖父様が仰っていたので、笑顔に無理に慣れましたが、表情筋が偏って鍛えられている気がします。


 私は別によく出来た大層な人間では決してありません。

 お父様お母様の期待に応えるために一所懸命なだけで、出来ることをやれるだけしかやっていません。

 日本の皆さんは義務教育だなんてぬるま湯でゆっくり浸かりすぎているのです。それでいて真面目を装っているから、なお始末が悪い。

 そんな頓馬ばかりだから猫を被った私のことを理解できる者がいないのは当然のこと。

 そもそも私の頭脳が優れているのではなく、ちんたらやってる人たちと進む歩幅が違って差が開くのは当たり前でしょう、下らない。

 ――とにかく日本なんて場所で見聞きすること、やることなすこと、お祖父様と過ごす時間を除いてすべてが不満でした。

 故郷であるイタリアに早く帰って、お仕事を終えたお父様お母様に褒められたい。

 その一心で優等生を演じてきましたが、知らないうちに焦りや疲れを感じてきたのでしょう。心のなかで呟く謗りはあることないこと日増しに募っていくものですから、それが咄嗟の事で口を衝いて出てこないよう、また心の平穏を保つために、なおさら誰かへ関心を抱くことはなくなってきていました。


 そうやって他人との間に築いた壁を破かざる負えなくなり始めたのが、入学した直後のとある放課後。


 日直の方が早退されたので、委員長である私が代わりにあの方と二人、教室に居残り、学級日誌を纏めていました。

 どこか隔たりがあるのはこの人も同じだな、と初めは感じていたのです。ずっと会話がなかったものですから。

 ただいつも私の周りに集ってくるような人特有の浮ついた雰囲気はなかったので、ふと不思議に思って、私から話を振ることにしました。

 あざとさを微塵も見せないよう注意しながら、その日早退された方のことを切り口としたのです。


「梓さん、大丈夫でしょうか?」


 すると、あの方はサラッとこういうのです。


「あー、大丈夫大丈夫。寝不足と女の日なだけだから」


 口元を緩ませながら、その白い歯をチラリと見せて。


 一瞬、唖然となりました。

 

 何故そんなことを知っているかとか下品だとか、そういったことで驚いたのではありません。

 今まで周りの人の表情が能面にしか見えなかった私には、そのお顔がとても眩しく映ったのです。

 話を進めると、あの方の口からは「腐れ縁なんだ」「呆れるくらい長いこと一緒で」「バカ親が」と罵詈雑言がそれはもう浴びせるようにポンポンと出てくるのですが、かたや明るくなってきた表情をさらに華やかに目まぐるしく成長させていくのです。

 終いには「仕方ないヤツだけど、明日謝らせるから出来たらこれから仲良くしてやってくれよな」とこちらへ姿勢を正して仰りました。

 その澄んだ瞳に私の姿はあれど、心は真っ直ぐに梓さんへ向いていることはもはや自明の理。


 それを見て取った私の内心には、おかしなことに何やら燻るものがありました。

 その時は私を前にしていながら、ないがしろにされたことで憤慨しているのかなと客観的に見ることができたので、表には出しませんでしたが。

 「ええ、もちろん」とにこやかに了承した私はそのまま「私も~さんをお見舞いに行きましょうか」と提案し、あの方のお顔を伺いました。

 やはり、たちまち嬉しそうになって「ありがとう」と返すあの方。

 対して、さらにせっせと薪をくべられる働きを確かに感じられるのです。

 同伴している最中は顔を伏せ、これが何なのかと考えながら無言で歩きました。

 あの方は本当に梓さんのことがなければ1ミリも話そうともしないので幸いでした。

 数十分後、お家に着くなり勝手知ったるように玄関口の植木鉢から合鍵を取り出して開錠、ズカズカと中へ入っていき、梓さんと会話されて安心しきるあの方。

 ――火種はやがて火へ。

 男性の嗜みを懇々と注意され項垂れてしまったあの方を鬱陶しいように払いのけて、こちらへ向かって走ってくる梓さん。

 ――火がたちまち炎へ。

 身悶えするような心の在り様に私はいても立っても居れず、その場から逃げ出しました。


 ある時は幽かに仄めき穏やかに、ある時は猛り覆い尽くさんと激しく。

 あの方の一喜一憂するお姿に、梓さんへの想いに、私の心は陽炎にも烈火にも揺れるのです。

 私を理解できるのではなく、理解しようとすらしていない殿方にこうまで心乱されるとは……


 この炎、これが恋、なのでしょうか。

 私――蝶野(チョウノ)マリア――はあの方――長野(ちょうの)(しょう)―に恋をしている。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

四人目は幻の、というわけではないですが、今日中(2015/5/5)の投稿は考えていません。

難産気味なので何度か見直し、落ち着いたら投稿しようかと思います。

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