01.あの方のモノローグ
『三人以上の恋愛要素』をテーマとして書き上げました。どうぞよろしくお願い致します。
いつからだろうか、アイツを目で追うようになったのは。
僕とアイツはもうずっと一緒だ。初めからといってもいい。
親同士が示し合わせたように――というか本当に結託していたんだけども――同じ病院に同じ日に生まれ、同じ幼稚園に通い、同じ小学校に通い、今も同じ中学校にいる、名字だって漢字違いの同じ音だ。
バカ親が計ったにしては神の采配のごとく運命的な巡り会わせで互いの幼馴染が出来上がった。
そんなアイツはいつも傍にいる空気のような存在で、わざわざ意識なんかしなくても視界のどこかには入りこんでいたし、煩わしいなんて思う隙もないほど自然と横で居座っていた。
その日常にケチがつき始めたのが、小学校5年生の冬。
両方の親の忙しい時期が被ることがしょっちゅうある。そりゃそうだ、同じ会社なんだから。
そうなると僕ら二人で過ごさなきゃいけない。『いけない』は悲壮感や使命感が漂う『しなくちゃいけない』じゃなくて義務感からの『仕方ないけど、面倒だけれども、半ば呆れながら、そうしなくてはいけない』だったはずだ。
あの日。
冷えた体を温めるためにいつもの手つきでアイツんちの浴槽を洗ってお湯を張り、さあ、いざ風呂に入ろうって時だ。
もう何度も一緒に入ってたのに、アイツが急に「入りたくない」なんてゴネたもんだから驚いたんだ。
モジモジしていまさら何を恥ずかしがってんだ、コイツは? なんて思ったね。
だから嫌がってたけど無理矢理にスッポンポンに脱がしたんだ。珍しいからニヤニヤして面白がって。
――後悔したよ。
頭のてっぺんからつま先まで遮るものは何もなかったはずなのに、つぼみのような膨らみが上に二つ、下は割れ目にちょび髭が付いて、それもどこか丸みを帯びてた。
服の上からじゃ気づかなかったけど、アイツはいつの間にか少しずつ変わってたんだ。何も知らなかった僕はようやくアイツが女なんだって事実を突きつけられた。
どこも不思議じゃない。
僕だって男になってる。伸びたカップ麺みたいな毛が生えて、よく褒められたソプラノ声が少しずつ喉仏に遮られ始めてるんだ。
保健で習ってたじゃないか、いずれ僕らも大人の男女になるんだって。
綺麗に華奢に泣いてたアイツを横目に、無様に穢れた僕は呆然としながら息を荒くしていた。
その後はよく覚えてないけど、これからは一緒に風呂に入らないことが僕たちの暗黙の了解になった。
しばらくは会話もなかった。
叱られることもなかったからアイツはきっと親に告げ口しなかったし、だからといって僕は気まずさから謝ることもせず……
けど逆に同情されてる気がしてなんだか無性に癪だったから、ある時、素知らぬ顔をして別の話題で改めて話しかけてみた。
アイツは頬を膨らませて不機嫌さを示したけど、相変わらず全く怖くも何ともない。
ただ。
見飽きたはずの怒った顔だというのに……僕にはやけに可愛く映った。
――そう、『いつも』はもう帰ってこなかった。
見かけはそのままでも中を知った僕はアイツを女と認識してしまっていて変に気を遣ってしまう。
戻ってこない過去を思い返そうとすればするほど、記憶の中のアイツも美化されて女になる。
離れたくないから、それに勘付かれないように振る舞ってはいるけど、注意しないと『傍にあったはずの空気』は吸えなくなってしまった。
まったく落ちるってのはよく言ったもんだ。
僕は海に落ちたんだ。
息継ぎを忘れてしまうような、鮮やかで、透明な、深い、深い海。
この海、これが恋、なのだろう。
僕――長野翔――はアイツ――蝶野梓――に恋をしている。