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「美羽菜!」
名前を呼ばれて勢いよく扉を押し上げた。
この声、鼻に掛かった甘ったるいこの声は絶対に美羽菜だ。
「良かった梢ちゃん!」
「うわっ。く、苦しいよ美羽菜」
体を外に出した途端抱きついてきた美羽菜の勢いに若干引きながら、私もぎゅうっと美羽菜を抱きしめた。
良かった、生きて会えた。体温も締め付ける腕の強さも本物だ。
「でもどうやって?」
まさか殿下も一緒に? あいつも?
「逃げてきたの。だってあの神官梢ちゃんは敵だとかふざけた事言うんだもん。蹴飛ばして逃げてきちゃった」
へへへと笑いながら、美羽菜はとんでもないことを口にした。
「逃げてきた? どうやって?」
「私は転移魔法が使えるのよ。知ってる場所しか行けないけど」
今知ってる場所って言った?
「ここは何回も来たから簡単に来られたわ。良かった梢ちゃんが抜け穴を使って逃げてくれて一晩待っても来なかったら儀式の間に戻ってみようかと思ってたの」
「ちょっと待って美羽菜、あんたここを知ってるって言った?」
「うん。多分お互いに告白することがあると思うんだ。でもその前に」
「うん」
「何か食べるもの無い? お腹空いちゃった」
真剣な顔して何を言うかと思えば。
そうだよ、この子はこういう子だったよ。
「食べ物なら売るほどある。取りあえず奥の部屋に行こう。神官も殿下もこの抜け穴は知らない筈だけど、長い事明かりをつけてたら誰かに見られるかもしれない」
美羽菜はともかく私は命を狙われている。あのくそ神官、絶対私を殺すつもりだ。
「そうだね。梢ちゃんの明かりで十分かな。私のは消すね」
ひらりと右手を振って明かりを消すと、美羽菜は私の背中を押して歩き始めた。
「美羽菜の明かりは魔法なんだね」
「梢ちゃんのは光の石でしょ。それ高いよね。あんまり長い時間使えないし」
「高いかなあ。持ってないの?」
光の石は半日しか持たない設定だ。さっきの抜け穴と洞窟数か所でしか使わないけど私の腕輪の中には950個、今使ってるから949個入っている。
「何個かあげようか」
「うーん。私の腕輪そんなにアイテムが入れられないのよ」
「え? なんで?」
「取りあえずご飯プリーズ。お腹空いて死にそう」
奥の部屋に入り、古ぼけた椅子に座ると美羽菜は情けない顔をして両手を差し出してきた。
「何が食べたいの」
「あったかいもの。グラタンとかシチューとかうどんとかあったらすっごく嬉しいな」
「全部あるけど、どれ」
「うそ。全部あるの? じゃあね、グラタン。もしあるならパンも欲しいな」
「あるよ。飲み物は何? オレンジジュースさっき飲んだけど美味しかったよ」
「ジュースは無理。ここ寒いんだもん、ココアがいいなあ。ある?」
「ありますがな、じゃあ美羽菜はグラタンとパンとココアね。私はコーヒー飲もう。あ、テーブルにクロス掛けるから待って」
腕輪の中から布を一枚取り出してテーブルの上に広げ、食べ物を並べる。
不思議だけどココアもコーヒーもほこほこと湯気が出てるし、グラタンのチーズは焼き立てグツグツでかなり熱そうに見えた。