直也の作戦 終
「お前が死ぬまで後30秒だ……」
「ッハ、テメエ……」
睨みつけてくる奴の眼差しに応える気はない。ただ、じっと見つめるだけ。
「それで、お前はどうやって俺を殺すんだ?」
鬼木は、持っていた刀をチラつかせる。
「この間合いに入れば、一瞬でお前を切り刻むぜ?」
「そんな間抜けなことはしない」
「じゃあ、どうする? お前以外に誰が俺を殺る?」
確かに鬼木の言うとおり、ここには俺たち以外は誰もいない。奴を殺すなら、俺が手を染めるしかないのだが……。
それは、ここが廃墟でなければの話だ。
「以前。読んだ本に書かれていた」
「ッハ、何だ、突然ーー」
「人は誰かの支え無しでは生きていけない、と。俺もそう思う。そして俺にとっての支えは、もいない……」
「ッハ! テメエにとっての支えは、あの女だったってのか?」
「ーーああ」
「下らねえ。じゃあ、支えを失ったテメエは死んどけや!」
「ああ。そのつもりだ」
足元に転がっていた石ころを拾い上げる。そしてあるポイントへと向かって、投げつけた。
カン。という乾いた音と共に、ゴゴゴゴゴゴッ。という何かが崩れ落ちてくるような音がーーいや、確かに瓦礫が崩れ出した。
「ま、まさか……」
鬼木の表情が強張る。
「デッドエンドだ。鬼木双士」
「くっそおおおおおおおおおおお!」
奴の絶叫と共に、岩ほどの瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。
そして俺の頭上にも……。
「橙子……」
「ニヒヒッ!」
その時、何かが覆い被さった。
だが目を閉じた俺には、何が何だかわからなかった……。
「一真……」
「ニヒヒッ。どうやら無事だったようだな。ラッキーとしか言いようがないぜっ?」
気がつくとあたり一面は瓦礫まみれ。
そして俺の上には一真が覆い被さっていた。
「何で……俺の計算じゃあ一真はーー」
「人間は計算通りにいかねえだろうが!」
ハッとして、俺は言葉を呑んだ。
「ッハ! 奴の言うとおりだぜ?」
「なっ……!」
鬼木が血を流しながらも、立っていた。それにズルようにして、こっちに向かってくる。
「ニヒヒッ。どうして?」
「まさか自分で刺したのか? 両足を」
「ッハ! 解毒薬なら持っているからなあ。拳さえ斬らなければ問題はねえ」
そして、奴は俺たちの前に立ちふさがる。
「っく……」
「一真!」
一真は俺を庇った時に怪我をして動けない。そして俺の計算も……。
「思い付かない……どうすればーー」
その時だった。
『ーー私が守るから』
「橙子?」
何故か。不意に彼女の言葉を思い出す。
「死ねえ!」
圧倒的な力と殺意の前に、俺は怖じ気ずくことなく正面を見つめることが出来ていた。何故なら……。
「ば、馬鹿なっ……!」
奴が俺たちに繰り出した槍は、見事に真っ二つに折れたのだった。
「っは……何故、破魔の毒槍が……あの女かあ!」
鬼木が怒りで身体を震わせる。
「死んでまで俺の邪魔を……! ックソオオオオオオオオオオオオオオ!」
「ニヒヒッ」
鬼木の絶叫を遮るように、悪戯っぽい笑い声が響く。
「ニヒヒッ。ニヒヒッ!」
「何がおかしい!」
「もう終わりにしようぜ? 狩人さんよ?」
「ッハ! ここで終われるわけがーー」
「このメンバーを相手にまだやる気か?」
俺はハッとして、振り返る。
そこには夏美を初め、みんなが立っていた。
「どうして、みんなが……俺の指示なら離れているはずーー」
「だーかーらー、言っただろう?」
一真がグッと顔を近づけて、
「人間は計算通りにはいかねえんだよ」
その瞬間。急激に胸が熱くなる。
「ッハ! テメエらは必ず殺す!」
鬼木が捨て台詞を吐いて、去っていく。
「俺は……」
その瞬間。自分の計算が間違っていたことに気付く。
ーー奴は生きて逃げて行ったのだ。
それなのに、ホッとしている。
アイツを殺せなかったこと。自分が生きているそのことにホッとしている。
そして橙子に最後の最後まで守られたことが嬉しくて……。
「あ、れ?」
何かが流れ落ちた。
「直也?」
夏美たちも心配そうにこちらを見る。
俺は慌てて、
「いや、何でもーー」
言いかけた時だった。
「いいんだよ、泣いて」
一真がいきなり俺を抱きしめた。
「悲しいときに泣かなかったら、いつ俺たちは泣けばいいんだよ? いつ、笑えばいいんだよ?」
見れば、一真が泣いていた。
「お前……」
「ニヒッ?」
そうだろう? 訊ねるようなその優しい瞳を見つめる。
「うっ……」
俺は知らず知らず、彼を抱きしめ、胸に顔をうずめた。
「うわあああああああああああああ!」
そして声を荒げ、大声で懸命に泣いた。今の俺にはそれだけしか出来ない。橙子の悲しみを受け入れ、ただ、ただ……。次第に橙子の死の噂は広まり、そしてそれと同時に悲しみも広まった。ここにいるメンバーはもちろん。橙子に関わった全ての人が涙を流さずにはいられなかった……。




