橙子の死 直也の怒り。
「アーッハッハ! ははは、アーッハッハ!」
最初に聞こえたのは、奴の下品な笑い声だった。
「ーーはあ、はあ。俺がっ、俺が殺したんだ! 死んだ、遂に、死にやがったああああああああああああああ!」
醜悪な言葉を耳にして、目の前のこれが現実なんだと気付かされた。
ーーしん、だ……? 誰が? どうやって? いつ? どこで?
『橙子……!』
『橙子さん……!』
『姉御っ!』
「橙子ちゃん……」
ーーそうだ。今、目の前では。
「死んでいるのか、橙子?」
返事はない。もちろん。橙子自身からも、周りにいるみんなからも。そして奴からも。
じゃあ、俺が確かめるんだ。
俺は静かに、橙子の手首を取る。
ーー反応なし。
「直也?」
みんなが不思議そうにコチラを見ているが、今の所、異常なし。
首筋をチェック。
ーー反応なし。
「直也、橙子はもう……」
今も瞳に涙を浮かべている夏美が、コチラに向かって何か言っている。しかし支障はなし。
最後に、胸元へ。
血が頬に付着するが、問題はなし。
ーー反応なし。
「やはり橙子は、死んでいる」
俺のその呟きに、
「ああ!? テメエ!」
スネークスのメンバーが反応する。
「待って!」
「オヨヨヨヨ! 落ち着いてください」
しかし、時雨とぐるぐるが制止。
ーー問題なし。
このまま死因について調べる。
俺は足下に広がる血を指で辿っていく。
「背中から腹部にかけて刃物が貫通したと考えられる」
傷口にぐっと顔を寄せて観察する。
「やめてちょうだい! 直也」
麗美さんの声が上がる。
「カカカッ。止すでござる!」
笠懸が腕を掴む。
ーー問題あり。が……笠懸の身体能力は常人とほぼ変わらない。
「直也殿!」
強引に彼の手を振り払い問題解決。
ーー死因は大量出血。いや、この血液には毒素が……。
「ニヒヒッ。諦めろ、直也」
一真だ。彼の手が右手に触れた。
ーー異常あり。右手が動かない。無力の魔手の効果だと思われる。
「何をしたいのかはわからねえが、橙子はもう死んだんだぜ。……ニヒヒッ」
彼のコ言葉を無視して、橙子の血液に鼻を近づける。ーー空気感染はなし。
「おい!」
そこでまたしても、一真が止めに入る。今度は右足が動かなくなる。
ーー右手右足が機能しない。異常あり。
「ニヒヒッ。ーーどうしたんだよ、お前……?」
一真の言っている意味が分からない。それだけではない。みんなの軽蔑したような視線も分からない。
だが、一番分かっていないのは、ここにいる面々が、橙子が死んだということを理解していないということだ。ーーいや少なからず認めたくはないのだろうが、理解はしているのだろう。ただ、橙子が死んでから何をすればいいのかが分かっていないのだ。
だったら、俺が教えてやればいい。従えてやればいい。ただ道具のように動かして、扱ってやればいい……。
「ああ。ーーわかった」
俺はそこら辺に転がっていた、先の尖ったコンクリートの破片を左手で掴んだ。そしてそのまま喉元に押し当てる。
「ニヒヒッ! おい! 何の真似だ!」
「はあ!? 直也何してんのよ!」
「直也!’
「止しなさい!」
「姐さんの前で……やめろ!」
「オヨヨヨヨ、直也さん!」
今、コイツらが恐れているのは何か。
考察した結果。ーー死だ。
橙子が死んだことで、現実を帯びてきた異端者の死。自分は特別だというコトよりも、死は誰にでも平等に訪れるという事実を知り、恐れている。だったら、それを利用するだけだ。
そして、今、一番近くに、簡単に手をつけられる命が俺だ。
「一真、今すぐにお前の能力で動かなくなった腕と足を動かせるようにしてもらおうか」
「ニヒヒッ。残念だったな。一度、発動した能力は簡単に解くことはーー」
「直也っ!」
一真がホラを語っていたが、夏美の声で遮られる。無論。その原因を作ったのは俺なのだが……。
血が滴る。5ミリはいっただろうか。
とにかく、今、俺の喉にはコンクリートの破片が突き刺さっている。
「い、今の直也は様子がおかしいよ。言うとおりにしようよ、カズ兄!」
やはりな。今、この状況で一番、死を恐れているのは夏美だ。だったら……。
「うそ……やめて、やめてよ! 直也っ!」
彼女の心に直接語りかける。今から、俺がしようと思っていることをーー。
そう。ーーこのまま、死ぬ。ということを。
「カズ兄!」
泣きつく夏美の瞳を見て、一真は何かを悟ったのか。
「ニヒヒッ……」
苦笑混じりに指を鳴らした。
「ああ。それでいい」
動かなかった手足が動くようになった。これで当面の問題は解決出来る。
「いいか? 今からは俺の指示通りに従ってもらう。ーーさもなくば、俺は死ぬ」
再度、念を押す。ーーどうやら作戦は上手くいったようだ。この場にいる全員の顔つきが変わる。
残すところは、アイツをどうするかだ。
「ハーッハッハ! 殺したんだ! この俺がなあ!」
悦に入って、高らかに笑う奴。実際に奴ーー鬼木双士と戦うのはこれで二度目。前回のデータと今回の……。
計算式が必要だ。何か書くものはーー。ポケットを漁るが何もない。
慌てて夏美を呼びに行ったのが仇となった。何の道具も準備出来なかった。いや、道具なら揃っているか。
一真たちを見る。これだけの戦力があれば充分だ。あと必要なのは、緻密な計算式のみ。何か書くものが……。
ピチャリ。足元で水が跳ねるような音がした。ーー橙子の血だ。
傷口が深かった証拠だろう。橙子を中心に血だまりが出来ている。
血、か……。
「な、直也……?」
「ニヒヒッ。おい、お前ーー」
夏美と一真の声。他の面々も息を呑むのがわかった。だが構わない。
今、必要なのはーー。
「アイツをーーの、計算だ」
血をすくう。地面に書く。
思いの外、計算は快調に進んだ。
頭の回転は、いつも異常に良好。邪魔が入るかと思ったが、誰一人として止めはしなかった。なので、俺は夢中になって、橙子の血を使って、計算式を描いていく。
「ハーッハッハ! 狂ってるぜ、お前! ーー死体をそんな風に扱うなんて、俺ですら思いつかなかったぜ!」
狂っている……? 奴の言葉が気に入らなかったのもあるが、それだけではない。そこまで冷静さを欠いていない。それよりも、いつもより冷静なくらいだ。
「狂っているのは、お前だろう?」
「ああ?」
手を止める。シメの文句はこれで終わりだ。
「計算のし過ぎで、狂ったか? 人間」
「ーーああ。終わった。お前を殺す算段はこれで付いた」
ーーそう。最期に、こう記す。
『DEAD END』と……。




