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橙子、死す。

「直也、明子、なつーー」

グサッと、何かが後ろから突き刺さった。背中からお腹まで見事に突き刺さったそれは紛れもなく奴の毒牙だった。

全身に毒が回る。目が回る。めまいと吐き気が一気に襲いかかり、悪夢のような地獄のような数時間を過ごした感覚。ただ実際は、数秒の出来事でしかないのだろう。駆けてくる直也たち。そしてそれに僅かばかりでも応えようとするが、身体はただただ、力無く倒れる。膝が折れ、嘘のような一瞬の敗北が、永遠のように長く感じられる。だが、私に残された時間はあと少し……。どうあがいても足掻ききれないーーすぐそばまで来ている未来に、芽生える想いがあった。

「なつ、み……」

さっきまで喧嘩していたことが幻だったかのように、夏美は瞳に涙を浮かべてじっと私を見下ろしている。

こんな時ばかり、彼女の能力に頼るのは気が引けたが、もう時間がない。

どうしても、聞いてほしい。伝えてほしいことがある。それが出来るのは、夏美だけなのだから。

「えっ? ヤダよ、ヤダって言ってんじゃん! なに、最期とか言ってんの!

しっかりしなさいよ! ねえ、橙子!

…………麗美姉。わかった」

わかってた。視界はグニャグニャと歪んで、ハッキリしないけれど、みんながここにいることはわかっていた。

何でだろう。もうすぐそこまで迫っている未来は恐ろしいはずなのに……何でだろう。みんながいて、私の未来を想像して、すすり泣いてくれているのが、今はとっても嬉しい。みんなにとって、私が少しでも大切なものとして、存在出来ていたと証明された気分だった。ーーだったら、私も証明しなくちゃ。私にとって、みんながどれだけ大切な人たちだったのかを。

この想いでーー。

夏美、せっかくプレゼントしてくれたスカート、破っちゃってごめんね。

本当は、アレ、はいてさ、夏美と一緒に街へ出掛けてーーデートしたかったなあ……。

「ば、ばか……! 橙子のばか! しようよ! 今からだって、これからだって……また、私がプレゼントするから! だからーー」

ありがとう。夏美。ーー大好きだよ。

「ーー私も、大好きに決まってんじゃん!」

ポタリ。ポタリ。ーー暖かい。

何かが降ってきた。夏美の涙かな?

ははっ。わかんないや。視界がぼやけて……私も泣いてるのか。

ぐるぐる、時雨、麗美姉、一真、笠懸、スネークス、学園のみんな……みんな! 大好きだよ……。私にとって、誰一人欠けてほしくない、守りたい大切な、本当に大切な人たちだった。だから、最後まで守れなくてごめんね……?

みんなの泣き声が聞こえる。

もう、これ以上ない嬉しさが込み上げてきて、また涙が零れる。

それを優しく麗美姉が拭ってくれた。

視界が少し晴れて、みんなの姿が徐々に浮かび上がる。

そんな中、私は、最期にどうしても伝えたいことがある二人の姿を捜していた。ーー見つけた……。

直也に抱きかかえられた明子は、スヤスヤと何事もなかったかのように寝ていた。

良かった……。

その名の通り、明子は笑顔が一番似合ってる。最期の、別れの時に彼女の涙は見たくはないから。

ーーありがとう。夏美。ここからは……。

「ゴホッ、ゴホッ!」

言葉を出そうとして、口の中の血にむせかえる。

「橙子! 私が伝えるから! だからーー」

夏美の優しさをあえて拒んで、私は更に続ける。

「ゴホッ、ゴホッ……あ、き、こ」

泣きじゃくる夏美を、麗美姉が抱擁して包み込む。お礼を口にしようとした私を拒み、麗美姉は先を促す。

「あ、き……」

時雨とぐるぐるが明子を起こそうとするが、それも私は拒んだ。

静寂が訪れ、私はゆっくりと言葉を口にしていく。

「いつ、も……あき、こ……はあ、はあ。いってーーから、わたし、も……あきこ、だい、すき……」

その時だった。夏美強く私の手を握った。

「伝える。明子の心にちゃんと、伝える」

「ーー橙子ちゃん……うんうん」

寝ぼけているのだろうか。明子は、ムニャムニャと呟いていく。

「私も……橙子ちゃんのこと、大好き……」

明子……。

寝ている明子の表情は軟らかく、微笑んでいた。本当に見ているこちらまで癒やされる。だからだろうか。最期にまた私自身が笑うことが出来た。

ーーありがとう。明子。

「がはっ、はあ! あっ……」

そしてもう一人。

「なお、や……」

今まで見たこともないような、焦った表情の直也。思わず可笑しくなる。

まさか、直也のこんな顔見ちゃうなんてね……。きっとこれはイケないコトだと思う。だけど、彼がここまで乱れるというコトはーーそういうコトだ。

やっぱり、嬉しい……。

でも、何でこんなんにも嬉しいのかと言えばーーこれから、それを伝えなくては。

「橙子! 今は話すな。傷口を塞ぐ! すぐに止めーー」

私は最期の力を持ってして彼の手をギュッと握る。いつもなら何でも粉砕、破壊してきた右手も、今では直也の右手を包むように握るだけで精一杯だった。それでもいい。

「さいご、はあ! ……だから……」

彼の冷静さを少し取り戻すことが出来たのだから。

直也は口を閉ざして、真っ直ぐに私を見下ろす。

ドキドキドキドキ。残り少ない心拍数は、確実に高鳴っていく。

最期の灯火。視界から(もやと闇が消え、辺りの景色がクリアになる。

直也の顔も、明子も、夏美も、みんなの姿もはっきり写った。

伝えよう……。その時だった。

「橙子ちゃん……」

明子だ。何故だかわからない。

でも、名前を呼ばれ、彼女の顔をはっきりと見た瞬間。唐突に罪悪感が芽生える。

ーー私は明子を絶対に裏切らない。だって、明子のことが、大好きだから。明子も同じように、私を好きでいてくれて……だけど、明子には好きな人がいた。その人のことを、明子は私のこと以上に大好きで……最初は妬んでもいた。でも、段々と明子とその彼と過ごす内に私も彼のことが好きになった。何度も、間違いだ、嘘だと、否定してもこの気持ちは消えなかった。それどころか。一緒に過ごす時間が増えるほど好きになって……私は彼から距離を取った。でも時たま会う彼は、ぐっと格好良くなっていてまた恋をする。でも、これは私だけの秘密の恋……。決して、明子を裏切る訳にはいかない。

私は、少し顔を上げて、あの帽子をズラした。ーー顔を隠した。

「あきこ、の……こ、と。はあ! った、のーー」

その時だった。

「もういいよ! 橙子! もういいから、伝えなよ! 自分の本当の想いを、直也に」

「なつみ……」

顔を涙でくちゃくちゃにした夏美。

「橙子は、ずっと守ったよ! みんなのことも、明子も直也も! だから最期くらい……自分の決めた約束なんて守んなくてもいいよ! だから伝えろって言ってんじゃん!」

夏美……。

「そうよ。橙子。あなたはいつでも私たちに教えてくれた。あなたの想いを」

「オヨヨヨヨ。そうですよ〜。ここで伝えなくては橙子さんではありませんぞ!」

時雨、ぐるぐる……。

「姉さん、姉さんは俺たちの誇りなんだ! 悔いを遺さないでくれ!」

『うっす!』

スネークスのみんな。

「ニヒヒッ。聞いててやる。俺たちも最期まで。これで共犯だろう?」

「ウフフ。橙子、打ち明けてちょうだい。その大事な秘密」

「カカカッ。己に負けるな」

一真、麗美姉、笠懸……。

そう、だよね……? ここで悔いを遺して死ぬなんて一番私らしくないのを私が一番知っているはずなのに……。

ホント、バカだなあ。

「なお、や……」

「ああ。何だ? 橙子?」

直也が帽子をズラして、再び面が出る。顔を近づかれ、食い入るように見つめられ、一言も聞き逃さないように耳を傾けられる。

いつもなら、それだけで彼を冗談めかして、跳ね飛ばすだろうが、今はその力がない。返ってそれが、嬉しかった。こんなにも幸せに包まれている時間が少しでも長く……。

「わたし……なおや、の、こと……」

そう思ったのだけれど、もうーー。

「あきこと、おんなじ、くらい、大好き! ……」

その瞬間。満たされてしまった。何もかも、全てが。

今まで積み上げてきた日常も、非日常も。記憶も心も。だからーー。

「ああ! 俺も、本当は明子じゃなく橙子のことがっーー!」

だから、私は彼が何かを言いかけた口を塞いだ。そして、ゆっくりと首を横に振る。

天を仰ぐ。先ほどまで月が雲にかかっていたのに……。

「綺麗……」

この先。逝くであろう未来を想って。

残された仲間に最期を告げる。

「バイバイ、みんな。ーーありがとう。行ってきます……」

そして、私はゆっくりと瞳を閉じたのだった……。



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