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その気になったときがヴィジュアル記念日ですな

ベースのKAORUさんに惚れてしまったラン子。女子禁制のヴィジュアルロック界に殴りこむことを決意する。

2-2 その気になったときがヴィジュアル記念日ですな



「惚れた! いや、マジ惚れたのだよ!」

 次の日、朝っぱらからラン子がおかしくなっていた。

「ああ、そうともさ。わかっている、みなまで言うな。重要なのは性能ではなく、パイロットの中身だと。ああ、わかっているとも。だが、だ。性能で惚れて、何が悪いのだね? 見てくれという性能も立派な中身ではあるのだよ。もちろん、『パイロットの腕だってなかなかのものであります』などと戦場で言うべきでないことを、言いはしない」

 とまぁ、至極わかりにくいが、こないだの私とおなじよーなことが言いたいのだろう、ということはわかった。

「ああ、大丈夫、小生はシュミレーターで鍛えているからね。すでに少尉くらいの腕前はあるはずなのだよ」

 シュミレーターじゃなくて、シミュレーターね。

 とかいって、なにやら鉛筆を二丁拳銃ばりに両手に持ち、なにやら素振る。こ、この様は……。

 おい、このクソ2次元アマ。ドラムかよ!

「おいこら。『ヒロC』はどうしたよ?」

「なにいってんだね? 2次元と現実をごっちゃにしちゃいかんのだよ」

「てめえの、携帯ゲーム機に大量に入っとる、ボーイフレンドたちへのこないだまでの熱狂的な忠誠心はニセモノだったのか!」

「やだなぁ。あなた、2.5次元界の人間ですか? オトゲーのキャラたちと結婚できますか? できませんよね? やだなぁ、もう。テレビの見過ぎではないかね? エミコ嬢」

 む、正論。てめーに言われると、腹立つわ。


 話を聞いているうちに、どうやら、KAORUさんにひとめぼれした、ということはわかった。

「小生は、あのお方と死を共にする覚悟であります。ついに司令官と仰ぐべき、人生の長官をみつけたのだよ」

 おもてー。そりゃおもてーよ、あんた。いまから会津城に行く、新選組の隊士かきさま。

「もちろん、エミコ嬢も一緒にやるのだよ。まだギターなら空いておるのだよ」

 はれ? このわたくしめが楽器? ご冗談を。音楽は万年『3』じゃい。ピアノとかバイオリンとか、一切そういうお嬢様っぽい習い事はしてないし、才能のかけらもありゃしまへん。

 まあ、ライラがらみでやってみたい気持ちはあったけどね。それはこないだ、23秒で砕かれたから。


 って、しかし、その前に。どう考えても、最重要な懸案事項がひとつ、抜けている。

「ラン子、あんたねえ、うちら、残念ながらメスなんだよ? ライラくんのバンドは女人厳禁……。ヴィジュアルロックってのは、やっぱさ、美少年の美少年による、美少年とその織り成す世界観が好きな少年少女のためのもんなのよ。それがあの、完成された世界観の礎となっているの」

「お? 一兵卒のくせにいけしゃあしゃあと……、さては……昨日、調べたのだな?」

 む、昨日の夜、ググったのがもはやバレたか。さすがはラン子。だがここは、知ったかじゃーい。

「い、いやぁ、なにいってんの? そんなの常識じゃない。知らねえほぉがだせーってなもんよ。いいか、ヴィジュアルロックってのは、80年代初頭に起こった、ど派手なメイクをし、激しい音楽をするアメリカのLAメタルシーンの流れと、70年代のUKにおこっていたグラムロック、つまりグラマラスでセクシーなロックの路線を日本的に消化発展させ、独自路線を紡いだ音楽ジャンルなの。エックスやデッド・フィーネというヒットを飛ばしたカリスマバンドの存在によってその認知度を高め、今や世界中で日本のヴィジュアル系バンドが聞かれるまでになったわ……、そんなシーンなの。そこに女人は人っ子ひとり存在しないのよ」

「ぽかーーん」

 あんぐりとまぬけに口を開け、顎が地面につきそうになっているラン子。ぽかーんって、口で言っちゃってますよ。

「あ、あんた……、たった一晩でそこまで……」

「へ? 何が?」

「お、おみそれしました……。あんさん……、人生のフェイズシフトをムカえつつあるようなのだよ。認めたくないものだけど、親友の2階級特進、認めてあげるわんっ!」

 こら、わしゃ、戦死した軍人さんじゃないのよ。


「うむ。恐れいったゼ! エミコ、君は本当に素晴らしいっ!」

「ウオッ! ライラくん!」

 突然の美少年の登場に正直、キモが縮こまった私とラン子。バックアタックだ。さすがに西洋人、女子に話しかけるのに、微塵の躊躇もないらしい。

「きみはなんて純粋な『ますらおでぇええやますぃいいい』の持ち主なんだ。ああっ、君がオノコならば、と今ほど強く思ったことはないっ! オノコの君がオレの横に、あのステージの上でいてくれたなら、どんなにかすばらしいことだろうカッ」

「そ、そんな……む、無理だよ、わたし、人前にでるだなんて……」

 正直、心のナカは、妙なうれしさで打ち震えていましたとも。ああん、内側から、褒められ慣れていないこの人生の傷あとをナメナメされているようだぁああっ。

「いやいや、エミコならいけるよ。その線の細さ(もう少し痩せれば)、クールな雰囲気(は作るとして)、ルックスだって相当なものになるさ(たぶん)」

 ああ、ベタ褒めしてくれてるけど、ライラの心の声が聞こえてくるようだ……。ごめんよう、勝手にあなたのセリフに( )つけて、モノローグであなたの心の声を想像してしまっておりますぅ。うがったものの捉え方しかできぬ、この性根が宇宙創成と同時期ぐらいの根本から歪んだ、哀れな子羊をゆるしてやってくれー。

「いやいや、わたし、そんな美人じゃないしー」

 とはいいつつも、表面では話をすすめる私。

 『いや、そんなことないよ』を期待する、『返答オブ女のサガ』でございますがな。手のひらを目の前でひらかれたら、とりあえずパンチをする小学生みたいなもんですよ。ああ、そうですともさ。あさはかですよ。

「いや、なにを言ってるんだい、大事なのはそんなことじゃない。大事なのは……」

 ぐぐっと身を乗り出してしまう私。クスリとラン子が笑う声が聞こえたような気がしないでもなかった。


「『化粧栄え』さ。大丈夫、エミコならザ・日本人、ザ・しょうゆ顔。これ以上ないくらい化けるさ。まあ、オレはそんな薄いすっぴんの顔もすきだけどね」


 どき。今、わたし、褒められたの? 一瞬で身体の奥から瞬間湯沸かし器のように、どうにも抑えがたい熱いものが沸き上がってくるのを感じた。

 ハートに……、火ぃ、つきましたがなぁあーーー。

 どうか、いくら燃えてもいいから、不完全燃焼で一酸化炭素だけはださんでくれー。

 

 にこりと楽しそうに笑っているライラ。

 きゅん。

 だめだ、やっぱり、どんなことをしてでも、ライラと一緒にいたい。ロックバンド(ヴィジュアル系)がしたい。

 この衝動はなんだ。心の奥から、全身に伝播し、抑えがたき震えと切なさを胸のあたりに残す、この感覚はぁああっ。

 この十数年、こんな感覚ものを感じたことはない。

 この場で『バンドに入れて』って、頼み込んでやろう、見せてやるぜ、ザ・ジャパニーズ土・下・座! とも思うのだが、さすがの私も恥じらい深きやまとなでしこ。そったらこと、朝っぱらの教室で、できんでげすー。

「まあ、君の言うとおり、ヴィジュアルロックは女人禁制。もちろん、1948年、国連で男女同権が叫ばれ、1999年には男女共同参画基本法が制定された昨今ダ。やってもいい。たしかに、やったっていいんだ。けど、それはイロモノになってしまうゼっ。そんなの、オレは認められない! ……まあ、バンドが組めたら、いの一番に君たちに知らせるから、きっと、ライブには来てくれよなっ! 以上っ!」

 ごがぁあああああああん。最後の一抹の希望すら消えた気分じゃーぃ。

 くそぅ、わしゃ、観客その1かい。まあ、たしかに、会員ナンバー的に、1番ってのは悪いもんではないんだろうけどさ……。


「甘い。甘いぞ、エミコ嬢!」

 放課後、私はラン子に引っ張りまわされていた。

「社会的に抹殺されてでもライラとバンドをする、と言ったのは君だったじゃないか!」

 いや、心のナカではいったけど、あんたには言っとらんだろ~。

 連れてこられたのは、ライラが早くも同好会申請をし、仮押さえしている部室とやらだった。

 狭苦しい部室だが、元音楽準備室だかなんだかで、あの、よく音楽室の壁とかにばりばりはってある、ちっちゃい穴がたくさんついた防音板が無骨に張り巡らされている。よくこんな部屋があったのものだ。また、転校後数日でさくっとそういう部屋を抑えてしまうライラの行動力、まっこと日本人にはなきものなりけり。

 ブィーン、ブィーン。

 その部屋に近づくと、骨太い低音の音が聞こえてきた。

「ほら。もうここでライラくんたち、練習を始めているのだよ」

 ヒソヒソ声のラン子。ベースのでかい音でよくきこえん。

 なるほど。物陰からコッソリ、気配を完全に消して、スカ◯ターにも探知されないよう、細心の注意を払ってのぞいてみると、二人がにこやかに、なにやらわいわい言いながら、楽器を弾きつつ談笑している。見たところ、初心者のKAORUさんに、ベースを教えているようだ。手取り足取り……。まあっ、ええどすなぁ。

「おお! なんだ、KA―RU! すげえセンスいいじゃないかぁ! やるな、このこのーーっ!」

「……KAORU……だ」

 時々、マスラオどうし特有の遠慮のない濃いぃボディタッチをKAORUさんにするライラ。もうすっかり仲良しなのね。

 あ、あそこに私が入ったら……。あんなことやこんなことで、ちちくりあって……。ああんっ! このまま殺してくれェえええっ!

 ぽたぽた。

 うぎゃああああっ。鼻血がはなぢがぁあああっ。声にならない声でもがき始める私。

 ぱこっ。

「ばか! なに発情してるのだよ! このメスブタっ! 戦闘配備中だぞっ!」

 ……って。つーー……二筋の紅い彗星が可愛らしいメスブタの頬の上にまで。

 スパコォおんっ。上履きでツッコむの事。

「きさまも、はなぢ、たれてんじゃねええかよっ!」

 ガタッ! 『あれ、誰かいるのかナ? おお、まさかぁっ、入部希望者?』 

 あ、やべ、気づかれた。ライラくんがこっちにきちゃう。

 いかん、ここで、バレるわけにいかん。撤退だ! 『いくわよ、ラン子』……って、

「ぴゅーーーーーーっ!」

 あのクソアマ、口でぴゅーーって言いながら我先ににげてんぢゃねえよ! 鼻血たれとるっちゅうに! ヘンゼルとグレーテルみたいに、廊下に血の道しるべ作ってもぉとるがなぁっ。


 玄関のところまで全速力で駆けてきた私たち。うーん、全速力なんて、去年の体力測定の50メートル走以来だ。ラン子は2次元住人のくせに、けっこう足、速いんだよな。まだ春先だってのに、汗だくで甲子園のエースピッチャー、アット9回裏みたいになっている私たち。

「うーん、美しい練習風景だったね」

「いかにも……、小生はますます諦めきれなくなってきたのだよっ!」

「ま、まあねっ。でも、女がヴィジュアルロックやったら、イロモノなんだよ? 男にでもなってしまえたらいいけどさ」

「! それだっっっっ!」

 さらさらっとルーズリーフになにやら書き殴り、それをずいっと渡す。なんかのイベントに強制連行されるときのいつものパターンだ。

「小生は長官との恋路をまだあきらめたわけではないっっっ! 幸い、明日は日曜……、イチゼロマルマルにここにきたまへ。絶対に彼らとバンド、するぞ!」

「お、おーぅ……」

 と、ちょっとノってみたのはいいものの、不安だ……。こういうときのラン子は、とんでもないことを考えているものだ。

 いつぞやなんて、衣装を用意してきて、かわいいからちょっと着てみっかと思ったら、ものすげー露出のコスプレで、『ちょっとすいませーん、その服、どこで買ったんですか~』って35人に声かけられたこともあるし、お一人様一品限りの商品を一緒に買わされ、ヤツの保存用のおまけをゲットするのに一役かったこともある。

 そのいくつかはトラウマちゃんになっており、私がいまいち2次元にハマれない原因となっている。

 まあ、とにかく、いい策あるってんなら、乗ってやろうじゃないか! ライラと物理的接触時間をふやせるんだったら、私はなんでもするぞ。


 いやー、私、甘かったね。それはそれは、あまかったですよ。この辺で引き返しときゃよかったんだ。

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