明日の香り。そして朝日
「いきます」「あいよ」
昨今のTHBFは量子電算装置を搭載した補助知能がある。
しかし、この機体は特別だ。
「各種自動機械。出します」「すべてそちらは任せる」
今の『トーフ』は二人乗りが基本になりつつあるのだ。
オーライ! オーライ!
整備班が叫ぶ。保護溶液が抜かれていく巨大水槽。
その水槽が反転して中身である巨人が姿を現す。
彼方此方に傷があり、汚れが目立ち、格好だって不細工と言っていいそれ。
だが、どこか愛嬌があるのは『彼女』の似姿でもあるからだろう。
「オールグリーン!」「各種安全装置解除」「各種安全装置解除!」
人工筋肉を縛り付ける鉄の枷が外れていく。
わたしたちは『彼女』の身体に守られながらこれより任地に赴く。
「データチェック完了」「データチェック完了」
鉄ならぬ生体プラスチックの靴を踏みしめ、巨人たちは進む。
誰かを守るため。誰かの微笑みを守るために。
見えないなにかを追い求めてその剣を振り、身を張ってそれらから無辜の人々を守る。
私たちは戦わない戦士。特殊放射能防護服(THBF)隊。
かつて総理直結。日本版海兵隊とも総理の作ったゴミともいわれた廃棄部隊。
『はっキロ じゅっキロ にじゅっキロ♪』(はっキロ じゅっキロ にじゅっキロ)
『あの子の微笑み守るため♪』(あの子の微笑み守るため)
『鍛えろその身! その魂!』(柔軟! 深層筋! 筋トレ命!)
『鍛えた筋肉、心肺と』(走って走ってその地まで)
『ただいま! 子供できた!』(あなたのこどもじゃないけれど!)
「声が小さい!」「ハイ! 隊長殿!」
『それはないだろうハニーさん』(これを罠だと人は言う)
『もうやけくそで駆け出して』(鍛えて柔軟にまた戻る♪)
『任務! 出会い! 災害!』(任務! 出会い! 災害!)
『あの子は可愛いドラゴンさ』(瞳で俺を殺しちゃう)
『あの子の尻尾を押しのけて』(俺の大剣を抜き放つ)
『体験? 大権? 大剣!』(これは立派な爪楊枝)
『あの子の舌禍は山火事だ』(あの子の涙は大津波)
『俺は愚かな木偶人形』(あの子の可愛い木偶人形)
『行け! 進め! 我ら』(T! H! B! F!)
どうしようもない下品な歌を謡い合い、私たちは赴く。
これから向かう場所は相変わらず死地だ。
この世界には怪獣はいない。宇宙人も攻めてこない。悪の組織なんていない。
世界征服なんて誰も狙っていないし、経済も好況と言っていい。
各国の経済格差も徐々に是正されつつある中、それでも我らの仕事はなくならない。
人が人である限り。
涙があれば人もいる。
人がいれば涙も流す。
トラックに揺られ、あるいはヘリに乗って。
飛行機や輸送船に揺られて私たちは戦場に向かう。
敵なんていない。己と戦う場所へと。
誰かの涙を止める為の戦いへと。
特殊放射能防御服。略してTHBF。
『わが国は各国、国民の皆様から頂いた募金、復興支援金で特殊な放射能防護服の開発に成功しました!』
『ロマンですよ。男の』『ろぼじゃないか?!』
『放射能汚染環境に女は要らん! THBFに近づくな!』『私も、お手伝いさせてください!』
『トーフたんの童話書いたよ!』『挿絵は俺らが』
『お母さん。とーふちゃんたち、次はいつ来る?』『また来てください。今度は災害と関係ない時に!』
『うちの坊主がこんなに立派に育ったのは先代の隊長さんたちのお蔭だ』『見て。この堤防。震災瓦礫と草花だけでできているの。ほら。THBFが作ってくれたあそこの丘はデートスポットになっているの』
『特殊放射能防御服は兵器ゆえに。兵器輸出規定に抵触し!
他国にその技術、機体が販売されることはありません!!
また、その形状の問題から、通常兵器に勝つことはありません!!!
しかし!かの兵器を生産、維持、管理することで、東北の皆様の生活は保障されますっ!』『今のでユーロファイター20機分の予算を消費しました』
『今。私は償うと聞いた』『俺は生きていてはいけない屑です』
『あさひにいちゃんは、たいせつなたいせつなわたしのおむこさんだよ』
『殴り合いをするというなら、ロボ……もといTHBFから降りてパイロット同士で殴りあうべきだ』
『THBF同士の戦いを想定するならば、関節技が有効だぞ』
戦えない。戦えない。
クズ鉄と人は言う。だけどその内には誰より暖かい人の魂が宿っている。
幸せを願い、明日を信じる人の命が詰まっている。
受け継がれる意思。小さな手のひらを思い出す。
相変わらず意味不明なことを言いたくなるのは、私がまだ不安定だからなのだろう。
あの人は今どうしているかな。ふふ。最後まで私がこんなことをするのを、反対していたけど。
もうすぐ、『三人乗り』になるんだけど、気づいてくれているかな。
私たちは同じ機体に乗ってはいるが、背中合わせで相手の顔は直接伺うことは出来ない。
「ね。朝日にいちゃん」「こら」
はい。教官殿。今は任務に集中します。
「女性はTHBF乗りにはしていない」「残念だけど、その暗黙の了解は私で破られました」
えへへ。そう続ける私に嫌そうな舌打ち。
でも、その音にちょっとだけ『仕方ないな』とか言った優しさを感じることができる。
殺したいほど憎んでいるのは変わらない。だからこそ愛している。
歪んでいるかもしれない。私は、彼が私の手を離れてどこかで死ぬのが嫌なのだ。
「驚いたでしょう」「驚くなんてもんじゃないだろ」「へへへ。進路先がTHBF乗りなんてそれはおてんとうさまでもわかりません。だってお父さんたちにすらないしょで、御厨さんたちのツテでなったんだもん!」「水鏡の親子にはしてやられたよ!?」「あはは!」
嫉妬交じりの通信が入る。
『隊長、あのですね。遅れた新婚旅行を邪魔するようでアレですけど任務に専念してくださいませんかねぇ』ごめーん!!! えへへ?!
あの人が叫ぶ。伝説の隊長と呼ばれた男の声に私たちは気を引き締める。
『これより、実戦に入る! 言っておくが人の命がかかっている。これは訓練ではない。全員、訓練通りに、速やかに落ち着いてやれ!』『了解!』
訓練は実戦を。実戦は訓練通り。教科書通りの言葉と別に数々の伝説的命令違反と優しい奇跡を起こしてきたひとの言葉に私たちは奮い立つ。
さっきまでバクバクしていた心臓は、今はとても穏やかだ。
握りしめていた手のひらを伸ばして、力を抜いて思わず彼がいるはずの背後を振り返る。
「ね。もし私たちに子供ができたら、なんてつけます? あ な た」「死亡フラグ立てるな?! 明日香?!」
「朝日と明日香で、明日とか」「お前、子供には普通の一般的な辞書に載るようなつまらない名前をつけてやれよ。子供が苛められたら可哀想じゃないか。個性的を狙うなら育てるときに気合入れろ」「そういうと思った」
『隊長!? ……教官殿……?! いい加減にしてください!』『すまん。今より突入する』
笑って泣いて、泣いて笑って。ひとはいつも過ちを起こす。
そして、また立ち上がる。
明日また泣くために。笑って歩く。
私たちはTHBF隊。
放射能の、災害の魔の手より日本国民を守る守護の剣。
明日の香り。朝日を見るために。私たちは歩む。そして戦う。
過ちは取り戻すことはできない。償うことは。できるはずだ。
そして、私たちは、過ちも罪も赦すことが。できるはずなのだ。
平和のために。私たちの未来のために。
『THBF隊。只今見参!!!!!!!!!!』
(外伝 おしまい)




