外伝・戦闘より恐ろしい戦い ~死んでほしかった~
「朝日にいちゃん」
俺は人生最大の危機にいた。
別にTHBFが破砕されて放射線を大量に浴びたとか、コンビナートが近くで大爆発してブッ飛ばされたとか、ロケットが飛んで衝撃波で全身の骨を複雑骨折したとかそういういつものことではない。
「あかり、けして。恥ずかしいから」「まてまてまてぇええええええっ?!」
解説する。
寝ようと思って寝室に入ったら赤い着物姿の明日香がいた。
なぜか寝室のベッドは赤い布団になっていて、ご丁寧に赤い灯明が。
「農田っ?! 図ったなッ?!」あれ、体がしびれる。やばい。動けないかも。
「象をも痺れさせる麻酔薬だけど、今更効いてきたね」そんな危険な薬品を人間に使うなぁああ?! どこから仕入れてきたッ?!
俺の意識の隅でいまだ歳をとらない両親および某親戚夫婦が親指を立ててサムズアップしている妄想が煌めく。
駄目だ駄目だ。却下却下却下~~~~~~~!??
布団を胸に抱えている明日香は頬を赤く染めている。
彼女の膝元に倒れた俺。俺を見下ろす明日香。
「あさひにいちゃん」がくがくと口が動くも言葉が出せない俺。これは危険な状態ではないだろうか。
「私ね」少女の唇はいつもに増して赤くて艶やかだ。
紅を彼女が塗っていることに今更気づいた。部屋に焚きこめられた趣味の良い香の匂いにも。
「あんたに死んでほしかったんだ」……え?
俺を見下ろす彼女の瞳は、ただ、ただ昏い。
「痛かった。幸せだったのに」どうして私を殺したの。
小さくつぶやくその瞳に狂気をたたえて彼女は続ける。
「お父さんもお母さんも震災で死んだ。お兄ちゃんも」
オマエ、何を言って。いや、この瞳を俺は知っている。
彼女の細い指先が俺の唇を軽く撫でた。
「憎くて憎くて、殺してやりたかった。でも私は赤ちゃんで」
神無月優希。俺が轢き殺した少女。
既に記憶の彼方に流れていった俺の悔恨。
ニンゲンって勝手な生き物だよな。
夢。じゃないよな。これ。だよな。
「でも、でもね!」
ぼたぼたと白粉を塗った彼女の頬から熱いしたたりが落ちる。
「どうして優しいのよ! どうしていつもあなただけ傷つくのよ!
もういいよ! もういいよ! 昔言ったじゃない! 全部許してあげるって! 許したくないけど仕方ないじゃない! 好きになっちゃったんだから! あんたみたいにどうしようもないクズでダメでお人よしのバカを……」
ぐっと俺の服を掴みあげる彼女の目と俺の瞳が合わさる。
「すきに、なっちゃったんだから。子供のころから」
「幸せにしてよ。どうしてダメなの。私の言うことが聴けないの」
恨み言を畳に向けて呟く彼女を尻目に俺は歩く。
「広島で大きな水害が起きた。今すぐ行く」と。
「いつも、いつもそうだよね」「すまない」
「行ってきて。待ってる」「ああ」
俺は扉を開ける。朝日の光が俺の目を焼いた。




