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婚約破棄ですか?大歓迎です!!

作者: 瀬尾 桜華
掲載日:2026/04/02

王城の大広間に、乾いた音が響いた。

「――よって、エレノア・ヴィンセントとの婚約は、ここに破棄する!」

王太子アルベルトの高らかな宣言に、貴族たちがざわめく。

エレノアは静かに顔を上げた。淡い金の髪が揺れる。その表情は、驚きでも悲しみでもなく、ただ穏やかだった。

「理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「決まっているだろう! 君はリリアと違い、冷淡で愛想もなく、王太子妃として相応しくない!」

その隣には、涙ぐんだ令嬢――リリアが寄り添っている。

「アルベルト様は、本当はずっと苦しんでおられたのです……!」

芝居がかった言葉に、エレノアは内心で小さくため息をついた。

(なるほど。そういう筋書きね)

実のところ、彼女は驚いてはいなかった。

むしろ、ようやく来たか、という気持ちの方が強い。

「承知いたしました」

あまりにもあっさりとした返答に、アルベルトは眉をひそめる。

「……随分と物分かりがいいな」

「はい。殿下のお望みのままに」

その言葉に、周囲はひそひそと囁く。

冷たい女、やはり情がない――そんな評価が広がっていく。

だがエレノアは気にしなかった。

なぜなら――

(これで、ようやく帰れる)

その夜、彼女は静かに王都を去った。

誰にも見送られず、たった一台の馬車で。

向かう先は――隣国、レヴァリア王国。

国境を越えた瞬間、空気が変わった。

「……お帰りなさいませ、エレノア様」

出迎えた騎士たちが、一斉に膝をつく。

その中央に立つのは、銀髪の青年。

「遅かったな。心配したぞ」

低く、しかし優しい声。

彼はカイル・レヴァリア。隣国の公爵令息であり――エレノアの“婚約者”だった人物。

「ご無沙汰しております、カイル様」

エレノアが微笑むと、彼は一瞬言葉を失った。

「……相変わらずだな。その何もかもを隠そうとする笑顔は」

そう言いながらも、彼の目は明らかに安堵している。

騎士たちも、侍女たちも、皆が彼女を見て柔らかく表情を緩めていた。

その様子は、まるで――

“長く離れていた大切な存在”を迎えるかのようだった。

王城に到着すると、重厚な扉が開かれる。

次の瞬間。

「エレノア!!」

玉座から駆け下りてきたのは、壮年の皇帝。

「無事だったか……! 怪我はないか!? 食事はちゃんと取っていたのか!?」

威厳ある皇帝とは思えないほどの慌てぶりに、周囲の重臣たちが苦笑する。

「お父様、大丈夫です」

そう、彼女は静かに言った。

「ただいま戻りました」

その一言に、場の空気が一変する。

エレノア・ヴィンセント。

それは仮の名。

彼女の本当の名は――エレノア・レヴァリア。

隣国レヴァリア帝国の、第3皇女だった。

数年前、両国の関係強化のため、彼女は“平民に近い貴族令嬢”として隣国へ送り込まれていた。

その際、余計な干渉を避けるため、正体は極秘。

本来なら、王太子との婚約は形式的なものに過ぎなかった。

だが。

(少しは、期待していたのだけれど)

彼がどんな人間か。

あの国がどんな未来を選ぶのか。

だが結果は、あの通り。

――婚約破棄。

しかも、あまりに浅はかな理由で。

玉座の間で王が拳を握りしめる。

「ふざけた話だ……! 我が娘を侮辱するとは!」

「落ち着いてください、皇帝」

カイルが静かに口を挟む。

「……むしろ好都合です」

エレノアは、ゆっくりと微笑んだ。

「これで正式に、私はこの国へ戻れますから」

そして、彼女はカイルへと向き直る。

「お待たせしました。約束、覚えていらっしゃいますか?」

「もしも私が帰ってきたら結婚してほしい」

この国を出発する際エレノアがカイルに言った一言。

カイルは一瞬目を見開き、やがて小さく笑った。

「当然だ」

彼は跪き、彼女の手を取る。

「エレノア。今度こそ、正式に求婚させてくれ」

その声には、抑えきれない想いが滲んでいた。

「ずっと待っていた。お前が戻ってくる日を」

その言葉に、エレノアの胸がわずかに揺れる。

――彼だけは、昔から変わらない。

どんなときも、真っ直ぐに彼女を見ていた。

「……はい」

小さく頷くと、周囲から歓声が上がった。

王でさえ目元を押さえている。

「よかった……本当に……!」

数日後。

隣国から使者が到着する。

内容は、婚約破棄の正式通知と――

“エレノアの正体を知らなかったことへの弁明”。

しかし、その場で全てが覆される。

「我が国の第3王女を侮辱した責任、どう取るつもりだ?」

王の冷たい声に、使者は青ざめた。

さらに、エレノアが静かに一歩前へ出る。

「私は、確かにあの国で過ごしました。ですが――」

彼女の瞳が、わずかに冷たく光る。

「あの方に、未来を託す価値はないと判断しました」

それは、事実上の“見限り”だった。

やがて、正式に発表される。

エレノア・レヴァリア第3王女と、カイル公爵令息の婚約。

その報は瞬く間に広まり、隣国は騒然となる。

「あの女が……王女……!?」

アルベルトは顔面蒼白で呟いた。

だがもう遅い。

彼が手放したのは、ただの婚約者ではなかった。

国そのものの未来だったのだ。

その頃。

庭園で、エレノアは穏やかに紅茶を飲んでいた。

「……やっと、肩の力が抜けた気がします」

「今まで張り詰めすぎていたからな」

カイルは隣に座り、当然のように彼女のカップを持ち上げる。

「熱いだろう。少し冷ましてから飲め」

「……ありがとうございます」

そんな何気ない仕草に、エレノアは少しだけ頬を緩めた。

「これからは、好きに笑え」

カイルの言葉は、優しく、そしてどこか必死だった。

「俺が全部守る」

その真っ直ぐな想いに。

エレノアは初めて、心から微笑んだ。

「では――お任せしますね」

それは、かつて“冷たい令嬢”と呼ばれた少女の、

本当の笑顔だった。

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