第九章 調査報告
一か月後。
奥田和弘は再び新宿三丁目の田所探偵事務所を訪れていた。
ドアを開けると夏野が立ち上がる。
「奥田さん、お待ちしていました」
「こんにちは」
応接セットのソファに案内されると、ほどなくして田所が資料の束を持って現れた。
机の上にそれを置く。
「調査結果が出ました」
田所は淡々と言った。
「これが報告書です」
分厚いファイルだった。
和弘はゆっくりそれを手に取る。
ページをめくる。
写真。
日時。
行動記録。
数ページ読んだところで、奥田の表情が変わった。
「……これは」
田所は静かに言う。
「報告書にある通りです。丸山由利奈さんは、結婚直前から増本俊介という男と関係が続いています」
和弘は顔を上げた。
「増本俊介は……ご存じですよね?」
「はい……」
和弘はゆっくり頷く。
「私が勤めていた会社にインターンで来ていた大学生です」
「よく一緒に飲みに行っていたとか」
「ええ」
和弘は遠くを見るような目になった。
「増本は仕事ができる男で、すぐに仲良くなりました。最初は二人で飲みに行っていましたが……そのうち由利奈も一緒に三人で行くようになりました」
田所は短く言った。
「その頃から関係が続いているようです」
和弘の手が止まる。
「そんな……」
田所は続けた。
「丸山由利奈さんは最近三百万円の借金をしています」
「ですが、その直後に増本俊介が高級車を新車で購入しています」
「購入時には丸山由利奈さんも同席しており、その場で三百万円を支払っています」
和弘の顔が歪む。
「借金までして……」
田所はページをめくった。
「それから」
「あなたが浮気したという川辺美緒ですが」
和弘の目が上がる。
「彼女は丸山由利奈から依頼を受けていました」
「報酬五十万円」
「あなたを誘惑するためです」
和弘はしばらく言葉を失った。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「離婚の時、違和感はあったんです」
和弘はゆっくり言った。
「弁護士から送られてきた証拠に、不貞行為は二回しかないのに、その二回の日時や場所が、全部特定されていました。写真まで揃っていた」
和弘は苦く笑う。
「おかしいとは思ったんですが……」
田所が言う。
「罠だったということです」
和弘は黙った。
しばらくして田所が続ける。
「それからもう一つ。丸山由利奈さんが現在住んでいるアパートですが名義人は斎藤洋二となっています」
「斎藤洋二……?」
和弘は首を振る。
「知らない名前です。誰ですか?」
田所は答えた。
「斎藤洋二の娘が朝比奈芹夏という女性ですが、その夫、朝比奈勲という男と丸山由利奈さんは不倫関係にあります」
和弘は息を呑んだ。
「……増本の他にも?」
「ええ」
田所は淡々と答える。
「まだありますが……」
ファイルを軽く叩く。
「詳しくは報告書を読んでください。証拠はすべて揃っています。裁判になっても負けることはありません」
和弘は深く息を吐いた。
「調査してもらって……本当に良かった」
ゆっくり言う。
「知らずに結婚していたらと思うと……」
言葉が続かなかった。
しばらく沈黙が続く。
やがて夏野が口を開いた。
「でも先生」
「どうして調べた方がいいと思ったんですか?」
田所は肩をすくめる。
「奥田さんも言っていたが、不貞が十回あって、そのうち二回なら分かる。だが、二回しかない不貞が、二回とも完全にバレている」
指で机を軽く叩く。
「そんな偶然はまずない」
「それに」
田所は続ける。
「新築直後に連絡してくるのも不自然だ。普通ならもっと前に接触する。何か理由があると考えるのが自然だ」
和弘は苦笑した。
「言われてみれば……そうですね」
田所は腕を組む。
「まあ、この報告書を見ても復縁したいというなら、それでも良いと思います。最後に決めるのは奥田さんだ」
和弘は即座に首を振った。
「いや、当然、別れます」
そして小さく言った。
「こんな女だったとは……」
田所は頷いた。
「もし良ければ、腕のいい弁護士を紹介しますよ」
和弘は顔を上げた。
「お願いします」
田所は静かに笑った。
「ちょうどいい弁護士を知っています」
その名前は――
松元敬輔だった。




