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第六章 離婚後

 和弘はコーヒーを一口飲み、静かに話し始めた。

「離婚したあと、自分の人生は大きく変わりました」

 離婚してすぐ、両親が入院しました。

父は肝臓。

母は子宮の病気でした。

ほぼ同じ時期でした。

さらに娘の梨奈も体が弱く、喘息がひどい時期でした。

夜中に咳き込み、何度も病院へ連れて行くこともありました。

研究所の仕事は忙しい職場で、定時で帰れるような環境ではありません。

両親の入院と、娘の看病。

どちらも放っておくわけにはいきませんでした。

それで会社を辞めました。

正直、その時は将来のことを考える余裕もありませんでした。

娘の世話をして、病院に付き添い、家のことをする。

その生活の合間に、勉強を始めました。

公認会計士の勉強です。

資格を取れば将来何か役に立つと思ったからです。

それと同時に、株の勉強も始めました。

最初は本当に小さな金額でした。

ですが、少しずつ利益が出るようになりました。

気が付くと、月に百五十万円ほどの利益が出るようになっていました。

夏野が思わず声を上げる。

「月に百五十万……?」

和弘は軽く頷いた。

「もちろん安定しているわけではありません。ですが、生活には十分でした」

その頃には、両親の病気も回復していました。

父は昔から土地を持っていました。

田畑です。

それともう一つ、休眠状態になっていた会社がありました。

小さな八百屋です。

父はその会社をずっと残していました。

父の田畑の土地を使って、賃貸アパートを建てました。

自分はその八百屋の会社を引き継ぎ、アパート管理の会社として使うことにしました。

場所が良かったのかもしれません。

思った以上に入居者はすぐ決まりました。

家賃収入も安定しました。

 さらに一年後。

株の利益と家賃収入の余剰資金を使って、二棟目のアパートを建てました。

生活は、少しずつ落ち着いていきました。

そして、その頃には娘の体調もかなり良くなっていました。

喘息の発作も、ほとんど出なくなっていました。

それで、自宅を建てました。

会社の事務所も兼ねた家です。

 夏野が思い出したように言った。

「それが……8LDKの家ですか?」

和弘は苦笑した。

「ええ。仕事場も必要だったので」

そこまで話してから、和弘は少し言葉を止めた。

「……その間、由利奈からは一度も連絡はありませんでした」

「娘に会いたいとも言ってきませんでした」

 事務所の空気が少しだけ重くなる。

「それが、新築して一か月ほど経った頃です」

「突然、連絡が来ました」

夏野が顔を上げる。

「由利奈からです。娘に会わせてほしい、と」

 和弘はそこで一度区切った。

「最初は面会だけでした」

「でも、そのあと食事に行くことが増えて……」

「復縁を匂わせるようなことを言うようになりました」

夏野は静かに聞いている。

田所は表情を変えない。

「娘も久しぶりに実母と会えて嬉しそうでした」

「それで、自分も……やっぱり母親はいた方がいいのかもしれない、と思うようになりました」

 和弘は少し目を伏せた。

「それで、年末の休みを利用して伊豆に行きました。娘と、自分の両親の四人でです」

 夏野が首を傾げる。

「伊豆、ですか?」

「はい。由利奈には温泉に行くとだけ伝えていました。でも、本当の目的は別にありました」

 和弘は静かに続けた。

「由利奈の父に会うためです」

 田所の視線がわずかに鋭くなる。

「伊豆には、あの人の実家があります。昔から実直な人だという印象でした。自分の両親も、あの人のことは信頼していました」

「実際に会ってみても、その印象は変わりませんでした。」

「離婚の詳しい事情は知らなかったようです。結果だけを聞かされていたらしい。」

「だから、かなり驚いていました。そして何度も言いました。」

「済まなかった」

「それから聞いた話ですが、離婚後、由利奈を通して毎年お金を送ってくれていたそうです。

養育費として。ただ、自分はその話を聞いていませんでした。」

夏野が小さく眉をひそめる。

和弘は続けた。

「帰りに伊豆で土産を買いました」

「さっきお渡ししたものです」

夏野は横に置いた紙袋を見た。

「ああ……これが」

和弘は少しだけ笑った。

「大したものじゃありませんが」

そして最後に、その父親は言いました。

「和弘くんと梨奈が望むなら、ぜひ復縁してほしい」

和弘は少しだけ視線を落とした。

「それから娘に聞きました」

「梨奈は少し考えてから言いました」

「……お母さんがいた方がいい、と」

 静かな沈黙が落ちる。

「それで、自分は復縁を決めました」

 話し終えると、事務所の中はしばらく静かだった。

田所は腕を組んだまま奥田を見ている。

夏野も何も言わない。

やがて田所が低い声で言った。

「……なるほど」

その短い一言だけが、静かな部屋に落ちた。

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