エピローグ 転落
一年後。
奥田和弘は久しぶりに新宿三丁目の田所探偵事務所を訪れていた。
ドアを開けると、奥から夏野の声がする。
「いらっしゃい」
「お久しぶりです。田所さん、夏野さん」
「奥田さん!」
夏野が笑顔で立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「近くまで来たので、ちょっと寄ってみました」
応接セットに案内される。
和弘が座ると、夏野がコーヒーを置いた。
「お元気そうですね」
「ええ、おかげさまで」
田所が椅子を回してこちらを向く。
「その後、どうだ?」
奥田は少しだけ笑った。
「色々ありましたけど……落ち着きました」
夏野が興味深そうに身を乗り出す。
「丸山さんは?」
和弘は肩をすくめた。
「噂は色々聞きます」
「最初はヘルスで働いてたとか。その後、パトロンを見つけて愛人みたいな生活してたらしいですが、景気が悪くなって切られたとか」
少し苦笑する。
「どこまで本当かは分かりませんけど」
田所は短く言った。
「まあ、そんなものだ」
和弘は続けた。
「一度、梨奈を連れて行こうとしたこともありました」
夏野が驚く。
「えっ」
「すぐ見つかりましたが、接近禁止の件で、また松元弁護士に動いてもらいました」
和弘はそれ以上は言わなかった。
沈黙が少し流れる。
夏野が空気を変えるように言った。
「梨奈ちゃんは元気ですか?」
和弘の表情が柔らかくなる。
「元気ですよ」
そして奥田は少し照れくさそうに言った。
「それと……」
「実は再婚しました」
夏野の目が丸くなる。
「本当ですか!?」
「ええ」
和弘は笑った。
「仕事の関係で知り合った人です。梨奈ともすぐ仲良くなってくれて、今は三人で暮らしています」
夏野は嬉しそうに言った。
「良かったですね」
田所は短く頷いた。
「そうか」
和弘は立ち上がる。
「今日はそれを伝えたくて。色々お世話になりました」
田所は手を振った。
「気にするな」
夏野も笑う。
「また遊びに来てください」
「はい」
和弘は事務所を出た。
夕方の街は少しだけ涼しい風が吹いていた。
スマートフォンが鳴る。
メッセージだった。
『お父さん、帰りにアイス買ってきて』
梨奈からだ。
和弘は思わず笑う。
「はいはい」
駅へ向かって歩き出す。
マンションの前まで来ると、二人の姿が見えた。
梨奈と、その隣に立つ女性。
「お父さん!」
梨奈が手を振る。
女性も優しく微笑んだ。
「おかえりなさい」
和弘は少し早足になる。
その日の夕焼けは、柔らかい色をしていた。
三人の影が、ゆっくりと並んで伸びていた。




