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第十章 弁護士

 数日後。

奥田和弘は四谷へ向かっていた。

田所に紹介された弁護士事務所を訪ねるためだった。

四谷駅を出てしばらく歩くと、古い雑居ビルの壁に小さな看板が掛かっているのが目に入った。

松元法律事務所。

和弘はそのビルの階段を上った。

事務所のドアを開けると、受付のカウンターがあり、奥にはデスクが並んでいる。

その奥に、四十代半ばくらいの男性が座っていた。

鋭い目をした、落ち着いた雰囲気の男だった。

「いらっしゃいませ」

秘書らしき女性が声をかけてくる。

「奥田さんですね。お待ちしておりました」

応接室へ案内され、ソファに腰掛ける。

しばらくすると、先ほど見えた男性が部屋に入ってきた。

「弁護士の松元敬輔です」

そう言って名刺を差し出す。

和弘はそれを受け取ると、

「奥田和弘です」

と名乗った。

松元は椅子に座りながら言う。

「田所君から詳しい話は聞いています。調査報告書や証拠書類もすでに拝見しました」

和弘は頭を下げた。

「よろしくお願いします」

松元は頷いた。

「方針としては、婚約破棄の方向でよろしいですね」

「はい」

和弘は迷わず答える。

「ただ……」

「制裁を加えるというよりは、完全に絶縁したいんです」

松元は軽く顎に手を当てた。

「なるほど。分かりました。では慰謝料は控えめにしましょう」

和弘は少し意外そうな顔をする。

「その代わり、接近禁止を承諾させます」

松元の声は静かだった。

「奥田さんと娘さんへの接触を禁止する。これを文書で約束させます」

和弘は小さく頷いた。

「それがいいです」

松元は続けた。

「そのうえで制裁は、他の方に任せましょう」

「……他の方?」

和弘が首を傾げる。

松元は資料を軽くめくりながら言った。

「丸山由利奈さんにアパートを提供している人物がいます」

「朝比奈勲という男です」

「その妻が朝比奈芹夏さん」

和弘はゆっくり理解する。

「なるほど……」

「奥様が動けば、それなりのことになります」

松元はそこで一度言葉を切った。

そして、少し意味ありげに言う。

「それと、もう一人……」

和弘は眉をひそめた。

「それから、増本俊介さんについてですが、結婚時の不倫については証拠がありません」

和弘の表情が曇る。

松元は資料をめくる。

「なので、その件では法的措置は難しい。ですが……」

松元は視線を上げる。

「正式に婚約した後の不貞行為の証拠があります。この件については慰謝料請求が可能です」

和弘は少し考えてから言った。

「……分かりました。お願いします」

松元は軽く頷く。

「ではまず、丸山由利奈さんへ内容証明を送ります」

机の上の書類を指で叩いた。

「不貞の証拠」

「婚約破棄」

「接触禁止」

「そして調査報告書の写し」

「すべて同封します」

和弘は思わず苦笑した。

「かなり驚くでしょうね」

松元は静かに笑った。

「ええ」

「おそらくすぐ連絡が来るでしょう。電話か、メールか……。どちらにせよ」

松元は真剣な顔になった。

「今後の連絡は弁護士を通すように、とだけ答えてください」

「分かりました」

松元は続ける。

「着信履歴やメールは、すべて証拠になる可能性があります。絶対に消さないでください」

「はい」

松元は資料を閉じた。

「必要な準備はこちらで整えます。おそらく丸山さん側から、話し合いの申し出が来るでしょう。その場合、私も同席します。三人で話し合いをしましょう」

和弘は深く頭を下げた。

「よろしくお願いします」

松元はふと笑った。

「それにしても、婚約を書面で交わしていたのは良かった。それが無ければ“口約束だ”と言われて終わりでした。増本さんにも何の制裁も加えられませんでしたから」

和弘は小さく言った。

「田所さんの助言です」

松元は少し驚いた顔をした。

「そうでしたか」

そして苦笑する。

「田所君……相変わらず抜け目のない男だ」

 数日後。

内容証明郵便が発送された。

婚約破棄。

面接交渉権の破棄。

接触禁止。

そして――

調査報告書のコピー。

 翌日からだった。

和弘のスマートフォンが鳴り続けた。

着信。

また着信。

さらに着信。

メールも次々届く。

「どういうこと?」

「何かの間違いだよね?」

「お願い、電話に出て」

和弘はすべて無視した。

電話に出ても、メールでも、返事は一つだけ。

――今後の連絡は弁護士を通してください。

それ以外は何も書かなかった。

 数日後。

由利奈から松元に連絡が入った。

話し合いの申し出だった。

日時が決まる。

和弘は松元に連絡した。

「決まりました」

松元は静かに答えた。

「分かりました。では、その日にお会いしましょう。丸山さんへはこちらから連絡を入れておきます」

 いよいよ。

すべてが明らかになる時が近づいていた。

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