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第一章 由利奈の不安

 私は丸山由利奈、三十五歳。

都内のIT企業で事務をしている、ごく普通のOLだ。

……ただ、最近は少し落ち着かない日が続いている。

八年付き合っている彼氏がいる。

増本俊介。二十九歳。私より六歳年下。

最初の頃は本当に仲が良かった。

会えば必ずどこかへ出かけて、夜遅くまで一緒にいて、帰り際には「またすぐ会おう」と言ってくれた。

 でも最近、少しだけ様子が違う。

私はベッドの上でスマートフォンを見つめた。

送ったLINEは三通。

どれも既読になっていない。

俊介は今、お見合いをしている。

仕事の関係で断れない相手らしい。

「相手はどんな人?」

そう聞いた時、俊介は軽く笑って言った。

「大丈夫、大丈夫。心配ないよ」

それだけ。

どんな人なのか。

何歳なのか。

写真を見たのかどうかさえ教えてくれない。

私はスマホの画面を何度も更新する。

LINEかメールくらい返せるでしょうに。

お見合いの席でも、トイレに立つくらいはあるはずだ。

その間に一言送るくらい、できるはずなのに。

私はため息をついた。

 最近、俊介はあまり多くを話さなくなった。

それに――

あの車のこと。

二年前、私は俊介にアメ車を買ってあげた。

離婚のときにもらった慰謝料の一部を使って。

ボンネットの裏には、ナイフで刻んだ文字がある。

Y & S

由利奈と俊介。

あの夜、二人で笑いながら刻んだ。

車の中で何度も愛し合った、思い出の車。

その車を、俊介は売ろうとしている。

理由ははっきり言わない。

ただ、手放すつもりだと言う。

あんなに大事にしていたのに。

胸の奥に、言葉にできない不安が広がる。

もし俊介が――

別の人生を考え始めているとしたら。

私はスマホをベッドに置いた。

……まだ、慌てる必要はない。

すぐに答えを出すような話でもない。

私は窓の外をぼんやり眺めた。

人生は、ひとつの道だけじゃない。

思い通りに進まない時だって、別の選択肢が見えてくることはある。

だから今は、焦らない方がいい。

少なくとも――

 明日は予定がある。

元夫の和弘と、娘の梨奈に会う日だ。

梨奈は六歳になった。

離婚した時は三歳だったから、もうずいぶん大きくなっているはずだ。

面会は二ヶ月に一度という約束だった。

でも、実際に会うのは三年ぶりになる。

覚えているだろうか。

私は軽く首を振った。

考えても仕方ない。

明日になればわかる。

私はスマホを充電器につなぎ、ベッドに横になった。

しばらくして画面が光る。

俊介からではない。

私は小さく息を吐いた。

 

 翌日。

待ち合わせは遊園地の最寄り駅だった。

少し早めに着いた私は、ベンチに腰掛けて二人を待つ。

やがて駐車場に一台の車が入ってきた。

和弘の車だ。

三年ぶりに見る元夫は、以前とあまり変わっていないように見えた。

「久しぶりね」

「ああ。三年ぶりだね」

穏やかな声。

その時、小さな声が弾けた。

「お母さん!」

私は驚いてしゃがみ込む。

「梨奈、覚えててくれたのね」

娘は迷いなく抱きついてきた。

別れた時は三歳。

まだ幼かった。

それなのに――

ちゃんと覚えてくれていた。

私は梨奈の頭を撫でながら立ち上がった。

和弘の車で遊園地へ向かう。

 園内に入ると、梨奈はすぐに走り出した。

六歳の子供が乗れるアトラクションはそれほど多くない。

それでも風船を持って走り回るだけで、楽しそうに笑っている。

前より、少し背が伸びている。

顔立ちも変わってきた。

……可愛くなってる。

私はそんなことを思いながら、娘の後ろ姿を見ていた。

 遊園地でひとしきり遊んだあと、食事をして帰ろうという事になりファミレスに入った。

梨奈は嬉しそうにお子様メニューを指差す。

「これ!」

その様子を見ながら、私は何気なく聞いた。

「和弘、今って月に百五十万くらい稼いでるって本当?」

「ああ。まぁ大体そのくらいかな」

さらっと言う。

「家も新築したんでしょ?」

「ああ。一ヶ月くらい前にね。よく知ってるね」

「孝治に聞いたの」

「まだ連絡とってるんだ」

「幼馴染だし、時々ね」

「あいつとは由利奈を取り合ったりしたっけ。懐かしいな」

「連絡とってないの?」

「最近はね。共通の知り合いがいるから噂くらいは入ってくるけど」

食事が終わり、和弘の車で私のアパートまで送ってもらう事に。

車の中で梨奈はすぐに眠ってしまった。

遊園地ではしゃぎすぎたのだろう。

「毛布を掛けてあげたいから、途中で家に寄ってもいいかな」

「いいよ」

私は頷いた。

車は住宅街の中へ入っていく。

やがて車が止まった。

私は思わず声を失う。

目の前には、大きな邸宅が建っていた。

門の横の表札には

“奥田”

と書かれている。

「ここなの?」

「そうだよ」

「大きい……。間取りは?」

「職場部分も含めると、8LDKかな」

「8LDK!?」

思わず声が出た。

「ちょっと毛布取ってくるから待ってて」

和弘は家の中へ入っていった。

私は車の中からその家を見上げる。

……すごい。

本当に邸宅だ。

しばらくして和弘が戻り、梨奈に毛布を掛けた。

再び車が走り出す。

私は何気ない調子で聞いた。

「梨奈と二人暮らしなんでしょ?なんでこんなに大きな家なの?」

和弘は少しだけ考えてから言った。

「将来、梨奈に母親ができた時のためさ」

胸の奥が少しだけ跳ねる。

「そうなんだ……」

私は言った。

「ねえ、今度二人で食事に行かない?」

「いいよ」

和弘はすぐに答えた。

「夜は梨奈と過ごすから、ランチなら」

アパートの前で車を降りる。

「ありがとう。じゃあ、またね」

「ああ。またね」

 私は部屋に入り、スマホを手に取った。

画面には一通のメール。

差出人は俊介。

本文は、たった一行だった。

「ごめんね」

……どういう意味?

胸の奥に、嫌な予感がゆっくりと広がっていった。

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