第4話 魔法少女の変身
放課後の科学部室は、いつも通り静かだった。
……いや、正確に言えば、静かすぎる。
旧校舎三階の端っこ。
部室棟の一番奥。
しかも科学部。
人が来る理由がほぼ存在しない場所だ。
「……よし」
僕は机の上のノートPCに表示されたグラフを見て、ペンで軽く机を叩いた。
モニターには波形。
机の上には配線だらけの装置。
横には半田ごて。
そして僕の顔には――黒縁の眼鏡。
位相観測眼鏡。
普通の人には見えない存在を観測するための装置だ。
窓の外をちらっと見る。
夕焼けの空。
その中に、フェーズグラス越しでだけ見える歪みがある。
空間が、裂けている。
――異次元虚界。
そしてそこから現れる存在。
ヴォイド。
普通の人間には見えない侵略生物。
ニュースでは毎日騒いでいるけど、実際にそれを視認している人間はほとんどいない。
少なくとも。
この学校では、僕しかいない。
「……観測精度は十分」
ノートに書き込む。
フェーズグラス改良案 Ver.3
・位相補正強化
・エネルギー反応検出追加
・魔法反応測定
ここで僕はペンを止めた。
「問題はサンプルだな」
研究には対象が必要だ。
ヴォイド。
魔法少女。
ピクシス。
どれも日常的に観測できるものじゃない。
戦闘が起きないとデータが取れない。
つまり――
研究が進まない。
僕は椅子にもたれた。
「……魔法少女が研究室に来ればいいのに」
そう呟いた瞬間だった。
コンコン。
部室のドアがノックされた。
僕は少しだけ眉を上げる。
「どうぞ」
ガラッ。
ドアが開く。
そこに立っていたのは――
「……お邪魔します」
小柄な女子生徒だった。
肩までの黒髪。
整った制服。
少し真面目そうな雰囲気。
そして。
見覚えのある顔。
僕は椅子に座ったまま言った。
「遅かったね」
彼女は少しだけ苦笑した。
「一応、先輩なんですけど」
「その言い方どうなんですか」
星川澪。
二年C組。
そして――
魔法少女スターライト・ミオ。
数日前、屋上から見た。
ヴォイドと戦う姿を。
フェーズグラス越しに。
そのあと屋上で事情を説明されて、
そして僕は提案した。
研究させてほしい。
澪は少し迷ったあと、こう言った。
「魔法少女の仕事を邪魔しないなら」
「協力します」
――その約束の日だ。
澪は部室の中を見回した。
机の上の電子機器。
床に置かれた工具箱。
壁のホワイトボードの数式。
それを見て、軽くため息をつく。
「……相変わらずすごい部室ですね」
僕は首をかしげる。
「普通だと思うけど」
「理科室を爆発させたみたいな状態ですよ」
「爆発はさせてない」
澪はパイプ椅子に座った。
カバンを足元に置く。
それから僕を見る。
「約束通り来ました」
「今日は友達との用事もないし」
「魔法少女の出動も今のところなし」
少し肩をすくめる。
「……なので」
「研究、でしたよね」
僕は即答した。
「うん」
そして机の上のノートを開く。
ページには大きく書いてある。
魔法研究計画
澪の視線がそこに落ちた。
「……本当に書いてある」
「当たり前」
僕はペンを回しながら言う。
「魔法」
「ピクシス」
「ヴォイド」
「全部研究対象」
澪は少しだけ眉を寄せた。
「普通の中学生は」
「そういう発想にならないと思います」
「普通じゃないから」
「それは知ってます」
即答だった。
僕は肩をすくめる。
澪は部室の天井を見上げて、ふうっと息を吐いた。
「……まあ」
「でも」
「約束は約束です」
そして僕を見る。
「何をすればいいですか?」
僕はノートをめくる。
今日のページ。
そこに書いてあるのは――
第一回観測実験
・魔法エネルギー測定
・ピクシス位相観測
・魔法発動プロセス分析
・変身システム観測
澪の目が最後の行で止まった。
「……」
沈黙。
それからゆっくり顔を上げる。
「天原くん」
「なに?」
彼女は真顔だった。
「これ」
ノートを指差す。
「変身システム観測って」
僕は当然のように言った。
「魔法少女の変身」
「構造を観測する」
澪の額に手が当たった。
「……ピノ」
その瞬間。
僕のフェーズグラスの視界に、小さな光が浮かぶ。
ふわふわと浮いている手のひらサイズの存在。
羽のある小さな生き物。
ピクシス。
ピノがひょこっと姿を現した。
「呼んだー?」
気の抜けた声。
澪は少し困った顔で言う。
「この子」
「やっぱりおかしいと思う」
ピノは僕の方を見て、くるっと一回転した。
「うん」
「でも面白いよね」
僕はペンを構える。
「ピノ」
「ちょうどいい」
ピノが首をかしげる。
「なにー?」
「ピクシスの構造」
「スキャンさせて」
ピノは目を丸くした。
「え」
澪が机を叩く。
「ちょっと待ってください」
「もう始めるんですか!?」
僕は首をかしげる。
「研究だから」
澪は目を閉じて深呼吸した。
それから静かに言う。
「……天原くん」
「ひとつ確認していいですか」
「いいよ」
「今」
「何をしようとしてます?」
僕は答える。
「魔法を分解する」
澪が勢いよく立ち上がった。
「分解!?!?」
部室に声が響いた。
僕はペンを回す。
「魔法ってエネルギー現象でしょ」
「なら構造がある」
「構造があるなら解析できる」
澪は数秒言葉を失った。
そしてゆっくり座る。
「……理屈としては」
「分からなくもないですけど」
「怖いです」
ピノは楽しそうに笑っている。
「ミオ」
「やってみたら?」
澪が睨む。
「簡単に言わないで」
僕は机の横の装置を指差した。
配線だらけの機械。
ノートPCと接続されている。
「これ」
「魔法エネルギー測定装置」
澪の目が少し見開かれた。
「……作ったんですか」
「さっき」
「さっき!?」
ピノが笑い転げている。
「やっぱ面白いよこの子!」
僕はノートを開く。
新しいページ。
タイトルを書く。
魔法少女研究 第一回実験
そして言った。
「星川」
「魔法撃って」
澪が固まった。
「……はい?」
僕は当然のように言う。
「エネルギー観測するから」
澪はゆっくり周りを見た。
部室の壁。
窓。
机。
それから僕を見る。
「ここ」
「学校です」
「うん」
「魔法撃ったら」
「壁吹き飛びます」
僕は机の下から装置を引っ張り出す。
金属フレームの盾みたいな機械。
「防護シールド」
澪の顔が引きつる。
「いつ作ったんですかそれ!?」
「さっき」
「また!?」
ピノがケラケラ笑う。
澪は両手で顔を覆った。
「……私」
小さく呟く。
「とんでもない人に協力しちゃった気がする」
僕は首を振る。
「違う」
「正確には」
「人類初の魔法研究」
澪はゆっくり顔を上げた。
そして僕を睨む。
「それ」
「もっと危ない言い方です」
僕はペンを構える。
「じゃあ」
「実験始めよう」
澪はしばらく黙っていた。
そして――
大きくため息をつく。
「……分かりました」
僕は顔を上げる。
澪は指を一本立てた。
「ただし条件」
「学校壊さないこと」
僕は即答した。
「努力する」
「努力じゃなくて守ってください!」
部室にツッコミが響いた。
そのとき。
ピノがふわっと浮き上がる。
「ねえねえ」
楽しそうな声。
「せっかくだしさ」
「変身観測からやらない?」
僕のペンが止まった。
変身。
魔法少女の。
僕はゆっくり顔を上げる。
「……観測できる?」
澪の顔が一瞬で赤くなった。
「ちょっと待ってください!」
僕は真面目に言う。
「重要なデータ」
澪は天井を見上げた。
そして小さく呟く。
「……神様」
「どうして私」
「この子と関わっちゃったんだろう」
ピノは楽しそうに笑う。
僕はペンを構える。
「星川」
「変身して」
澪はゆっくり僕を見た。
数秒沈黙。
そして――
観念したように息を吐いた。
「……分かりました」
その言葉と同時に。
ピノが嬉しそうに跳ねた。
「じゃあいくよ!」
澪は一度だけ目を閉じる。
そして――
静かに言った。
「天原くん」
「絶対、変な記録取らないでくださいね」
僕は答える。
「研究だから無理」
澪が机を叩いた。
「正直すぎます!!」
そして。
彼女はゆっくりと一歩前に出た。
澪は、部室の真ん中に立った。
窓から差し込む夕焼けの光が、床を長く染めている。
その中に、小柄な彼女の影が伸びた。
僕はすでに椅子を机の横に寄せ、ノートPCの画面を確認していた。
観測装置、起動。
モニターにはいくつかのグラフ。
位相反応。
エネルギー密度。
空間歪曲率。
「……準備完了」
僕は小さく呟いて、ペンを構えた。
澪がちらっとこちらを見る。
「……本当にやるんですね」
「うん」
「ここで」
「うん」
澪はもう一度ため息をついた。
「普通の人って」
「魔法少女の変身見るとき」
「もうちょっとこう……」
言葉を探すように空を見る。
「夢とか」
「感動とか」
「あると思うんです」
僕は首をかしげた。
「あるよ」
澪が少し目を丸くする。
「……あるんですか?」
「未知の現象を観測できる」
「最高にワクワクする」
澪は数秒黙ってから、
静かに言った。
「……方向性が違う」
ピノが横で笑い転げている。
「ミオ」
「諦めた方がいいよ」
「この子そういうタイプ」
澪は目を閉じた。
そして小さく息を吐く。
「……分かりました」
それから僕を見る。
「始めます」
僕はペンを構える。
「どうぞ」
澪は一歩だけ後ろに下がった。
そして胸の前で手を軽く握る。
その表情が、さっきまでと少し変わった。
部室に入ってきたときの、学校の先輩の顔。
それが――
戦う人の顔に変わる。
澪が小さく呟いた。
「ピノ」
ピノがふわっと前に出る。
「準備いいよー」
そしてくるっと回る。
その瞬間。
僕のフェーズグラスの視界で、ピノの周囲の空間がきらりと光った。
「……」
僕はペンを握り直す。
来る。
澪が静かに言う。
「リンク、開始」
ピノの体から、小さな光の粒が溢れた。
それがふわりと空中に広がる。
まるで星屑みたいに。
そして。
それらが澪の体の周囲をぐるりと回り始めた。
「……!」
僕のノートPCの画面が一気に動く。
波形が跳ね上がる。
数値が急激に変化する。
「エネルギー反応……急上昇」
僕はノートに書き込む。
ピクシス→魔法少女 エネルギー供給確認
澪の周囲の光が増えていく。
それはただの光じゃない。
フェーズグラス越しだと分かる。
空間そのものが変形している。
光の粒が線になり。
線が円になり。
円が重なり合って、澪の周囲に幾何学的な模様を描く。
まるで――
魔法陣。
僕は思わず声を出した。
「……すごい」
澪が一瞬だけこちらを見る。
少しだけ困った顔。
「今さらですか?」
「今、構造が見えた」
「構造?」
僕はノートに書く。
変身=エネルギー装甲生成プロセス?
ピノが楽しそうに回る。
「ミオ、もう少しだよー」
澪は小さく頷いた。
「スターリンク」
その言葉と同時に。
光が一気に収束した。
澪の体を包み込む。
そして。
部室の中に――
眩い光が弾けた。
僕のフェーズグラスの画面が白く染まる。
ノートPCのグラフが跳ね上がる。
「出力……跳ねた」
ペンが止まらない。
光の中で、澪のシルエットが変わっていく。
制服のラインが消え。
代わりに、光が形を作る。
肩。
胸。
腕。
足。
光のリボンが絡み合うようにして、衣装を形成していく。
白と青。
星のように輝く粒子。
背中に広がる光のライン。
そして。
光がゆっくり収まる。
部室の真ん中に立っていたのは――
白と青を基調にした衣装の少女。
スカートの端に星の模様。
胸元に光るコア。
ふわりと浮く髪。
スターライト・ミオ。
澪はゆっくり目を開けた。
そして僕を見る。
「……どうですか」
僕は即答した。
「最高」
澪の眉がぴくっと動く。
「感想それなんですか」
「変身構造ほぼエネルギー体」
「衣装=魔力装甲」
「ピクシスがトリガー」
僕はノートに書き込みながら言う。
澪は数秒黙っていた。
それから小さく言う。
「……人に変身見せて」
「そんな反応されたの初めてです」
ピノは爆笑していた。
「ミオ」
「この子ほんと面白い!」
僕はノートPCを見る。
グラフはまだ揺れている。
「変身後もエネルギー安定してない」
僕は顔を上げた。
「星川」
澪が腕を組む。
「はい」
「次、魔法撃って」
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