第一王子視点
「ローレンスは居るか?」
私の弟は天才と言っても過言ではない。
そんなローレンスを歩く辞書だと思っている。
だが、それゆえに感情が乏しく、人の気持ちを理解する事が困難なようなのだ。
ある意味、人間味に欠ける。
これでも、毎日を惰性で生きている弟を兄として心から心配しているのだが、全く伝わっていないのだろう。
そして、扉の向こうに声を掛けてから暫し経つが、執務室からの返事はない。
なので勝手に入る事にした。
入ると窓が開いているのか、心地よい春の風が吹き抜け、鳥の囀りが聞こえて来た。
ローレンスは頬杖をつき、書類をペラペラと捲っている。
「ローレンス。居るのなら返事くらいしたらどうだ?」
そう言い顔を上げ、ボーっと私を見ると『兄上か』と、何とも言えない気怠さを醸し出している。
やはり、毎日がつまらないのだろう。
何とかしてやりたいと思う。
だが、何にも興味を示さないので、どうする事も出来ないのが現状だ。
私は、やるせないため息が出そうになるのを押し込めて問いかけた。
「悪いが、ここを教えてくれないか?
ダントン伯爵家が管理する領地の税収と納税額が合わないのだ」
そう言って資料をローレンスに渡すとジッと見て考えている。
とその時、外から騎士達の訓練している声が聞こえてきたのだ。
新人騎士も入り活気づいているな。
と思ったその瞬間、ローレンスは書類を放り投げ、どこからともなく出現したオペラグラスを片手に、訓練場の方向を窓から身を乗り出して見ているではないか。
「何事だ!?ローレンス!!何があった!?」
「兄上、少し静かにしてください!
今、観察中です」
観察中・・・とは?
それよりも、ローレンスがこんなにハキハキと話したのは、何時ぶりだ?
私は感情を表に出すローレンスを見て、目を見開き驚いた。
しかも、『なんと美しいのだろう』と囁き、微笑みを浮かべているではないか。
・・・これは、ただ事ではない。
ローレンス、本当に、何があったと言うのだ。
私は気になりすぎてローレンスのいる窓辺へと近づいた。
見えたのは、春を寿ぐ小鳥達だった。
・・・なるほど。
ローレンスは、鳥に夢中なのだな。
と、そう思っていたら、なんと、ローレンスが『兄上邪魔です!見えないではないですか。先程の件は後程回答してレノンに持たせますので、もう帰ってください』と言うのだ。
じゃま・・・だと?
言われた言葉は散々なのだが、久しぶりの兄弟らしい会話に逆に嬉しくなってしまう。
そして、いつの間にか執務室に戻って来たレノンが話し始めたのだ。
「レオナード様。
後程、必ずお持ち致しますので、少しお時間を頂きたく存じます」
私は『分かった。ゆっくりでいい』と答え、執務室を後にしたのだった。
そんな私には見向きもせず、ローレンスはずっと小鳥達を眺めている。
ローレンスが、まさか鳥に興味を示すとは思いもよらなかった。
・・・とても、生き生きしていたな。
私は、弟が生き甲斐を見つけた事に嬉しくなり、廊下を歩いているのにも関わらず、笑みを浮かべてしまったのだ。
今度、鳥の図鑑でもプレゼントするか。
と考えながら自分の執務室へと帰ったのである。
この時、弟がストーカー行為に勤しんでいるとは、微塵も気付かないのであった。
そう遠くない未来に、相手が騎士で、それも男に好意を寄せているのだと知る事になるレオナードの心境は、いかほどか、想像に難くない。
そして後日、図鑑をプレゼントしたのだが、ローレンスの反応がイマイチだった事に対し、本物の鳥でなければいけないのか、という考えに行き着いたレオナードは、小鳥捕獲の為に、奔走する事になるのである。
やはり血は争えない。
兄弟揃って、明後日の方向へと暴走するのであった。




