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私の名前はアレンシア・シルバリー。
シルバリー子爵家の養女だ。
当時、結婚してから10年。
義父と義母には子が出来なかった。
そして、諦めかけていたその時に、知り合いから紹介され、2歳の私を養女として迎えてくれたという。
だがその後、奇跡が起こり私が4歳の時に義母が妊娠したのだ。
そして待望の嫡男が産まれた。
義父母は嫡男マイケルが産まれても、私達を差別する事なく、同じだけの愛情を注いでくれたのだ。
私は、そんな義父母に感謝してもしきれない恩がある。
本当に血が繋がった親子であれば良かったのに、と何度も何度も思ってしまった。
その後、成長するにつれ、家庭の経済状況が子供ながらに分かってくるものだ。
爵位はあるが治める領地は小さく、家族4人が暮らしていけるのがやっと、という税収だった。
でも私は、みんなが仲良く暮らしていければ、それでいいと思っていたのである。
だがある時、うちと同じような小さな領地を治める領主がやって来て言ったのだ。
「隣のよしみで金を貸してはくれないだろうか?
大きな商談をしてしまって、今は手元に金はないが、来月には入ってくる!
もちろん、返す時は利子も上乗せするから、お願いだ!・・・この通り」
でっぷりとした男は、手を膝に当てて、禿げ散らかった頭を、しきりに下げていた。
でも、そんな理由でホイホイとお金を出す義父母ではない。
当然だがお断りをした。
だが、相手の方が一枚上手だったのだろう。
・・・義父母の弱い点を突いて来たのだ。
「今期の国税が払えないと、私は爵位も領地も失ってしまう。
・・・・ああ、それと息子のマイケル君だったか?
私が創設した学園へと通うのだろう?
私がいなくなればどうなるのか。
・・・とても残念だよ」
とそう言って、ムチムチな顔に皮肉な笑みを浮かべたのだった。
この国、ハインデルト王国は男子は学園へ通い、女子はガヴァネスを頼み、家で教育を受けるのが一般的だ。
女子が学園へ行かない理由は、学園の数がものすごく少ない事と、淑女教育前の女性を人前に出してはならないという、古い風習が根強く残っている為である。
もちろん、学園開始日の13歳までに淑女教育が完了していれば、その限りではない。
なので、本人のやる気と、質の高いガヴァネスを雇う事が出来る高位貴族の令嬢が当てはまるだろう。
だが、大勢いる男子生徒の中に娘を放り込みたいと思う親は、なかなかいないので、学園に通わせる事はしないという。
実質、女生徒はいないのだ。
そして、うちから通える学園はそこしかない。
通えなくなれば、次に近いのは王都になる。
そうすると寮に入る事になるのだが、学費とは別途お金がかかってくるのだ。
うちの経済状況じゃ、とてもじゃないが通わせる事は難しい。
そうして義父母は悩んだ末に、お金を貸してしまったのだった・・・。
そして、お金を借りて行った領主は、返す事もなく音信不通になり、その後、行方不明となった。
話を聞くと『散財で首が回らなくなったのか、爵位も領地も捨てる覚悟で逃亡資金を集めたのだろう』と同じく被害に遭った人が言っていたのだ。
だが、幸いにも学園は引き継がれ、存続するとの事なので、マイケルが通う事が出来ると分かり、私は安心したのである。
【その日の夜】
暑くて寝苦しさに目が覚めた私は、喉が渇いたので、水を飲みに下へと降りた。
台所には、誰もいないはずの時間帯なのに、蝋燭の灯りが、ぼんやりと扉の隙間から漏れている。
不思議に思い、そうっと足音を立てずに近付くと義父母の声がしたのだ。
扉越しでも鬱々とした雰囲気が漂っている。
もちろん、盗み聞きはいけないと分かってはいるが、ただ事ではない空気に立ち聞きをしてしまった。
「まさかこんな事になるなんて・・・。
はぁ。何とかお金を工面するしかないわ」
「分かっているよ。親戚に掛け合ってみる。それと、子供達に心配を掛けるのはダメだ。
ミランダ、なるべくいつも通りで頼むよ」
「ええ、そうね。私の方も聞いてみるわ。まずは学費よね―――」
私は聞いていられなくなり、部屋へと戻った。
・・・心臓がドキドキしている。
経済的にカツカツの我が家からして、纏まったお金は、コツコツと貯めたマイケルの学園資金しかない。
それを、あの男に渡したのだ。
・・・考えれば分かる事だったのに。
呑気に大丈夫だと思った、自分の間抜けさに腹が立つ。
そしてその夜は、私に何か出来る事はないだろうか、と考えると、眠る事が出来ないのであった。
次の日の朝、台所へ行くと、いつも通りの日常が広がっていた。
昨日の事は夢だったのでは?と一瞬錯覚しそうになったが、そんな事はない。
食事中に義母から『今日は先生がいらっしゃるから準備をしておくのよ』と言われた時、思わず反論の言葉が出そうになったのだが『分かったわ』と返事をしたのだ。
だって、私は嫁ぐだけだが、家を継ぐマイケルが学園に行かないなど絶対にあってはダメだ。
私のガヴァネスに費用をかけるよりも、学園資金を貯めて欲しい。
・・・それが本音だった。
けれど、昨日の話を聞いてしまったら何も言えない。
言ってしまったら、親としての矜持を傷付けてしまうのではないか、と思ったのだ。
頭の中がグチャグチャで、全く考えが纏まらない。
だから、目の前の事を一生懸命に取り組む事にしたのである。
これまでは、何となく受けていた授業だったが、真摯に先生の話を聞く事にしたのだ。
今まで、当たり前だと思い、本当の意味での有難みが分かっていなかったのだと痛感する。
何事も真剣に向き合わないと、良い結果は出ない。
そして月日は経ち、真剣に取り組む私を、先生は『見違えるようになったわね』と褒めてくれたのである。
その事を義父母にも伝えたのだろう。二人とも、とても喜んでくれたのだ。
ちょっとは恩返しが出来ただろうか。と思ったが、何となく方向性が違う気がする。
出来る事なら、お金の面で何とかしたい。
そうすれば、マイケルも学園に通えるようになるだろう。
そう思い立った私は、早速先生に聞いてみた。
「高収入の職業とは何でしょうか?参考までに教えてくださいませんか?」
先生は暫し考えた後、騎士だと答えてくれた。
だが、女性はなれないので、『職業婦人をするのなら、ガヴァネスがお勧めよ』と提案してくれたのだ。
話を聞いた私の頭の中には、騎士の一択しかなかった。
ガヴァネスも魅力的な職種だろう。
けれど高収入でなければ意味がないのだ。
幸い女性の中では、体格が良いと言われる事が多いので、このまま順調に成長して行けば男に見えない事もないんじゃないか・・・。
それに、自分自身ジッとしているよりも身体を動かす方が好きなのだ。
そこで、剣技を教えてくれる先生を探したいのだが、義父母には頼めないので自分で探す事にしたのだった。
でも、なかなか見つからない。
教室だと、当然に月謝を払わなければいけないので無理だ。
そうすると、個人で教えてくれる人を探さないといけないのだが、これが難しい。
そして今日も、当てもなく町を歩く。
肌を突き刺すような冷たい風が吹きさらす中、周りに目をやると、期間限定のウインターマーケットが開催されていた。
そこには、普段見ないような商品が売られている。
少し見てみようかなと思った、その時。
帯剣している男性とすれ違ったのだ。
振り返るとグレーの髪は伸び放題で、紐で一つに束ねている。
この町で、帯剣している人は珍しい。
農民が多い田舎だからだ。
騎士であれ傭兵であれ、教えてくれそうな人がいたのだ。
私は迷ったが、このチャンスを逃してはならないと思い、声を掛けたのだった。
「あの、すみません」
聞こえていないのか、若しくは、自分が話し掛けられているとは思っていないのか、足を止める気配はない。
だから、走って男性の目の前に回り込み『すみません』と再度話し掛けたのだった。
男性は驚いたのか、目がまん丸になっている。
無精ひげが生えていて、だらしない印象を受けた。
「なんだ?俺か?」
「突然すみません。お話し出来る時間はありませんか?」
「ああ?
・・・嬢ちゃん、ナンパするなら年相応の相手にするんだな。
俺はガキに興味ないの。悪いな」
なんか、やれやれみたいな表情をして、手で追い払われた・・・。
は?私だって髭面のおじさんに興味なんてない。
私は、おじさんの腰にある剣に興味があるのだ。
そのまま去ろうとするおじさんを、引き止めるべく更に話しかける。
「違います!私に剣技を教えて欲しいんです!」
そう必死に伝えると、振り向きざまに言われたのだ。
「対価は?」
・・・そんなもんない。
そもそも対価が払えるのなら、おじさんにお願いしてない。
何も言わない私に向かって『じゃあ、そういう事で』と言い、今度は本当に去って行ってしまった。
これが私と師匠との出会いだったのだ。




