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この一週間は、みんなでご飯を作り、語らい合い、寮で最後の楽しい日々を過ごした。
だが、楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、私の部屋からは徐々に荷物が消え、ここに来た時と同じ、ボストンバッグ一つしか見当たらない。
(よし!じゃあ行くか)
気合いを入れた私は、部屋の戸締りをし、バッグを片手に共同スペースへ向かった。
階段を下りると、みんなの楽しい声が聞こえてくる。
「おはよう、みんな!」
そう声を掛けると、三人が振り向いた。
「ああ、おはようアレン。
・・・もう出るのか?」
隊服に身を包んだビルが返してくれた。
「うん、少し早めに出ようと思ってね」
「じゃあ、俺も一緒に行くわ!
すぐに準備するから待ってろ!」
そう言ってビルは、部屋を出て行った。
ゲイルとアルトを見ると、私服である。
今日は非番なのかもしれない。
すると、アルトが私に紅茶を入れてくれた。
「ビルが来るまでこれ飲んでて」
「ありがとう、アルト」
私は椅子に腰掛けて、一口飲んだ。
「それにしても、二人は非番でしょう?
起きるのが早いね」
そう言う私に、ゲイルが答えてくれた。
「そうだけど、今日はアレンの門出だからね。
だから、僕達も見送ろうって思ったんだ」
優しい笑顔を浮かべるゲイルに私も笑顔になる。
「うん、嬉しいよ。今までありがとう。
そして、これからもよろしくね」
すると、ビルが物凄い音を鳴らしながら階段を下りて来た。
「アレン、悪い。待たせたな!」
「全然大丈夫。アルトが入れてくれた美味しいお茶を飲んでいたしね。
じゃあ、二人ともまたね。行って来ます」
そう告げて、ビルと二人で寮を出た。
見慣れた景色が過ぎ去るのを横目に、私はビルに話しかけた。
「騎馬隊はどう?」
「どうって言われてもな・・・。
まだ新人だから、大した事はさせてもえないが、やり甲斐のある部署だよ」
そんな話をしていると、すぐに訓練場が見えて来た。
ビルはそのまま厩舎へ向かう為、私とは別方向となる。
「じゃあアレン、またな!
特殊部隊、頑張るんだぞ」
「うん、頑張るよ。ビルも頑張って。
じゃあ、またね!」
そうして私達は別れたのであった。
私は一人、第二王子の私室を目指す。
既に荷物は運んでいるのだが、あれ以来、第二王子とは一度も会っていない。
やはり、王族と会うのは緊張する。
それに今日から四六時中、一緒にいる事になるのだ。
部屋は別だとしても、同じ空間にいる事は変わらない。
きっと、気が休まらないだろう。
扉の前に立った私は、深呼吸をした。
すると、静寂さに包まれていた空間に、私の呼吸音が響く。
(・・・よし!)
気合いを入れた私は、扉をノックした。
しばらく待つと、顔を出したのはレノンさんだった。
そして扉を開けて、中へと招いてくれたのだ。
レノンさんの後ろに続いて部屋へ入ると、廊下の左右には戸がある。
そして右の白い戸は、私がこれから生活する部屋の出入り口だ。
何回も荷物を運んだので、少し愛着が湧いている。
私は白い戸の前にボストンバッグを置いた。
そして廊下を抜けると、広い空間が広がっていた。
黒い机にテーブル、左奥にはグレーのソファーセットが並べられている。
そして差し色だろうか、ソファークッションのコバルトグリーンがとても良く映えていた。
想像していた煌びやかな調度品は見当たらないが、物が少なく、洗練された部屋だった。
辺りを見回していると、ソファに座っている第二王子が目に入ったのだ。
私は前まで行き、挨拶をする。
「朝早くから失礼致します。
本日から、どうぞ宜しくお願い致します」
そのまま頭を下げている私に、第二王子が口を開いた。
「こちらこそ宜しく頼む。顔を上げてくれ」
その言葉に顔を上げると、緋色の瞳と目が合った。
そして第二王子は微笑み『私をローレンスと呼べ』と言う。
すると、それと同時に後ろから凄い音がしたのだ。
ガチャ、バシャン!
振り返ると、レノンさんの足元にはティーカップが転がり、床にシミが出来ていた。
「し、失礼しました。すぐに片付けます」
何かに動揺しているようで、その場を素早く片付けてから、雑巾を取りに外へと行ってしまった。
すると部屋には、私と第二王子の2人きり。
どうしていいのか分からず、直立不動のままでいる私に、第二王子が声をかけた。
「ここに座ると良い」
そう言って、目の前のソファを勧めている。
だが、私は護衛だ。
座っていたら、いざ何かあった時に対処が出来ない。
「王子殿下、私は騎士としての職務があります。
ですので、座る事は許されておりません」
「ローレンスだ。
それに、私が許すのだから誰も文句は言うまい」
そう言って、再度勧めてくる。
ジッとお互いが見つめ合う事数分。
先に負けたのは私だった。
仕方なく、おずおずと浅く腰掛ける。
すると第二王子は嬉しそうに口角を上げて『君の事を知りたいのだ』と言った。
その言葉に、私の心臓は跳ねる。
(もしや、女だとバレているのではないか?)
もしバレていたら、どうなるのだろうか・・・。
その事が頭の中を駆けずり回った。
(良くて辞職。
悪いと・・・・・・処刑?か?)
そう考えが行き着いたら、もう冷や汗が止まらない。
ドキドキして言葉に詰まっていると、第二王子が再び話し始めた。
「アレンにも、私の事を知って欲しいのだ。
だから毎日、こうやって会話の時間を設けよう」
そう言って両手を組み、私から目を逸らそうとはしない。
(・・・これは、私の早とちりという事でいいのか?)
唾をゴクリと飲み込み『あの、私で本当に良いのでしょうか?』と問い掛けてみた。
すると王子は、一度目を閉じてから話し始めたのである。
「アレンだけが、美しく見えるんだ」
(・・・えっと?どう言う意味だ?)
今まで誰かに美しいと言われた事は殆どない。
頭の中が疑問符だらけになってしまった私は尋ねた。
「あの、美しいとは?」
すると第二王子は一度視線を落としてから話し始めたのだ。
「・・・ああ、そうか。
話していなかったな。
私は、全てのものが灰色に見える。
だが、アレン。
君だけが、私の中で色付いて見えるんだよ」
そう言って微笑み『君だけが、特別なんだ』と言う。
どう返していいのか分からない私は『そうなんですね。答えて頂き、ありがとうございます』と頭を下げた。
その後は、戻って来たレノンさんに色々と教わったり、第二王子の予定を聞いたりしながら過ごしていたら、今日の勤務時間が終わった。
私は隣の部屋へと帰る。
まだ荷解きをしていない為、ダンボールが乱雑に置かれていた。
そんな荷物を横目に私は、早速お風呂へ行こうと思い準備をする事にしたのだ。
箱の中をガサゴソと探していたら、師匠へ送った宛先不明の手紙が手に触れた。
(・・・やっぱり、師匠の事が気になる)
ーーーそして私は、騎士になる前の最後に会った日を思い出した。
屋台では、毎度のことながら、おっちゃんが肉を焼いている。
そして私達は、後ろにある椅子に腰掛けていた。
「アレンシア、お前はもう大丈夫だ。
だから自信を持て!何たって、俺が教えたんだからな!」
私の髪を切りながら自信満々に言う師匠に『師匠のお陰です。本当にありがとうございました』と心から伝えたのだ。
「今日は随分と素直だな。だが、これが別れじゃない。
また、いずれ会えるからな。
だから、そう、泣く事はない」
そう言って、私のサッパリとした頭をグリグリと撫でた。
涙が私の膝上にポタポタとシミを作っている。
そんな風に泣く私に『ほら!さっさと立て!片付けられないだろ?それと、髪の毛で付け毛を作るんだぞ。でないと、実家に帰れないからな』とそう言って、髪の毛を押し付けてきたのだ。
(・・・なんだろう。
泣いている自分が、馬鹿みたいではないか)
私は、涙を拭ってから髪の毛を受け取り、袋へと仕舞う。
すると師匠は手紙を一通渡してきた。
「それと、これを試験官に渡せ。
いいか?中は見るんじゃないぞ!分かったな?」
受け取った手紙を懐へとしまい『分かりました』と頷いたのだ。
そして立ち上がり、笑顔で伝えた。
「では、行ってきます」と。
ーーー師匠は引っ越すとは言ってなかったし、また会えるとも言っていた。
それに、師匠は出来ない約束をする人ではない。
それは私が一番よく知っている。
(やっぱり何かあったのかもしれない)
でも今の状況だと、当分は実家へは帰れそうもないんだよな。
(・・・そうだ!屋台のおっちゃんに聞いてみるか)
そう思いついた私は、まだ返信がないおっちゃんへと追加で手紙を書く事を決めたのだった。
そして、お風呂の準備が整い部屋を出ると、椅子に腰掛けていた王子から声を掛けられたのである。
「アレン」
「!?
どうなさいました?」
「湯殿に行くのなら、ここのを使えばいい。
別棟は距離があるからな」
と、私の部屋の前の戸を指差している。
(・・・ここはお風呂だったのか)
と、そう思ったのは束の間、何でもない事のように勧めてくる第二王子に度肝を抜かれた。
(いやいや、普通王族と同じお風呂を使う事など考えられない)
「あの、王子殿ーー「ローレンスだ」」
(・・・・・・)
またしても、ジッと見つめ合う事に負けてしまった私は、言い換えた。
「ローレンス様?ご提案頂き、大変有難いのですが、流石にそれは難しい事かと・・・。
なので、遠くても別棟へと行って参ります」
そう言い切った私は『御前、失礼致します』と部屋を出たのであった。




